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日々是呼吸


カテゴリ:こころと思い( 150 )



少しずつ、春

夕方に用事があり、外出しました。
5時を過ぎたのにまだ空が明るくて。もう春はそこまで来ている、そう実感しました。

まだまだ寒さは続きます。でも少しずつ、ダウンを着る気分ではないかも、と思いはじめたりして。
少し咳が出たり、やや風邪気味ですが、冬はもう折り返したと体では感じています。

今年の春は、特に大きな節目はなさそう。そう思いながら過ごしています。
年明け以降、食べるものを少し変えてみて、眠気がずいぶん減りました。少し食べすぎただけで苦しくなり、悶絶したりして。
習慣は少しずつ、身についていると信じたいです。

多分このまま、気持ちよく春を迎えられそうな予感がしています。前向きに、心軽やかに、歩きたいものです。

by cocue-cocue | 2019-02-15 00:25 | こころと思い | Comments(0)


手が届くということ

時間が空いて、少し前に新しくなったお店に行ってみました。
しばらく改装をしていて、新しいお店ができたことは知っていたものの、立ち寄る機会がなかったのです。

いくつかのフロアを回って、私が買い物できそうなお店は見当たりませんでした。そんななかで、セール中のとあるブランドのお店に立ち寄りました。
驚いたことに、50パーセントオフのお品もあって。ここってそういうセールをするの?と意外でもありました。
お値下げ後の価格もさることながら、定価を見ると、ビックリするようなお値段ではなく、むしろ拍子抜けするくらい。私が勝手に、高級ブランドだと決めてかかっていたようです。

その中に、とても素敵なお品が一つありました。思い切って買う、というほど勇気のいるお値段でもなく、このまま買って行ってもいいかな?と感じるほどでした。
品質も良く、素敵だけど、買わなくても良いかも。そう思い、お店を後にしたのです。

きっと私は、買うだけに終わらせず、しっかり使いこなすだろう。そんな確信がありました。でも、どうしても欲しいというほどでもなく、淡々と、買ってもいいけど買わなくても、そんな気持ちで、あっさりしたものです。

心の中にあるハードル、本当にその高さなのでしょうか。
どんな根拠で、そのハードルを設けたのかしら。
自分の中の思い込みを、勝手に常識に格上げしないための確認が、時には必要になりそうです。




by cocue-cocue | 2019-01-20 01:56 | こころと思い | Comments(0)


どちらでも、良し。

以前、コーヒーを飲むのをやめていたことがありました。
急にカフェインをとるのをやめたからか、体調に異変をきたしていろいろ大変でしたが、時が経つにつれ、意志の力に頼らずとも飲まずにいられるようになったものです。

今の私は、飲みたければ飲むし、ほしくなければ口にしません。
近くのカフェのコーヒー回数券も買っていません。
飲みたいと思ったら、その時に飲みたいと感じた味を得られる、お気に入りのお店にわざわざ足を伸ばします。
眠気を覚ますために、仕事に集中するために、そういう目的でコーヒーを飲むことはなくなりました。

コーヒー断ちという観点からは、私の今の状態は完全成功とは言えないでしょう。コーヒーを飲むのはやめていないからです。
私がコーヒー断ちを経て何を得たかというと、コーヒーに依存しない自分でした。

通勤途中にテイクアウトする、食後に一杯飲む、おやつタイムに買いに行く、仕事帰りにホッと一息、そんな日常生活の一コマとして、習慣的に飲むことはなくなりました。
飲みたいときは飲む。そう決めると、1日に何杯もおかわりすることも、それで自分を責めることも、なくなったのです。

過去の記録に詳しいはずですが、コーヒーを飲むのを控えたとき、だるさや寝起きの悪さから解放されました。コーヒーを飲むことで、疲れをごまかしていたのかもしれません。
今の私は、コーヒーを飲むと満腹感が出るほどになっています。喉の渇きをコーヒーで癒すことはもうおひません。

これがなくてはダメ、とか、これを口にするのは禁物とか、ルールを守ることも素敵ですが、飲んでもいいし、飲まなくてもいい、その時の気分次第で味わうだけというのも、悪くないです。
その時私は、完全にコーヒーとは、対等な関係にある、とも言えるでしょう。

決まりごとのある生活は秩序立っていて、大人らしいものです。
しかし私の場合は、ゆるい自由、選択肢があり、どちらもOKと言った状態が、思いのほかあっているのかもしれません。





by cocue-cocue | 2018-11-28 00:41 | こころと思い | Comments(0)


さよなら、カブトムシのY

この夏、友人から譲り受けて育てていたカブトムシのうち、オスのYが昨日、息を引き取りました。
朝名前を呼んだとき、角を動かして、右脚を持ち上げて反応したので、思わず「無理しなくて良いんだよ、ゆっくりしていて」と声をかけました。

ここ2、3日は、自分で移動することはほとんどなく、エサのゼリーに口が近づくように動かしたり、霧吹きで水を与えたり、あとはなるべく刺激しないように、そっとしていました。

もう1匹のLが、持ち上げようとすると土にしがみついて拒むほど体力があるのに対し、Yは仰向けにひっくり返ることすらなくなっていたのです。

それでも、毎朝声をかけると、角を動かして反応するのです。もう動いていないかも、そう見えても、かならず角をかすかに動かすのでした。

ところが今夜はもう、動きませんでした。体を持ち上げても、足は静止し、無反応。朝、ゆっくり動作していた時のポーズのまま、息を引き取ったようです。

我が家にきてから3ヶ月半。思えば長い間、元気な姿を見せてくれました。
メスが共喰いされたかもしれない、そんな出来事を乗り越え、弱りつつもここまで生きてくれて、本当にありがとう。

もう1匹のオスLも、この先寒くなるので、長くないかもしれない。でも、楽しかった飼育の日々に、感謝するばかりです。

by cocue-cocue | 2018-10-30 01:35 | こころと思い | Comments(0)


素焼きのタイル

今朝目が覚めたとき、心の中に1枚の素焼きのタイルを見つけた。

文字も絵も描かれていない、無地のそのタイルは、ただそこに、あった。

揺らぐ気持ち、浮き沈み、いろんなことがあったはずなのに。
正方形のそのタイルは、風が吹いても、水にぬれても、何も変わらず、そこにたたずんでいる。

なぜなの。
どうしてなの。
いろんな疑問があったはずなのに。

途中でやめてしまったこと
黙ることを選んだ私
何もわからない
何も変わらない

そのタイルは、そこにあって
じっと黙っている

同じ種類のタイルなんてない
何かを作る計画もない
それなのに、そこにある

思い出すのが難しくなってきた
あやふやな言葉が、光景が
姿と形を失っていくなかで
現れた一枚のタイル

いつか、吐き出す日が来るのだろうか
粉々に砕けるのだろうか

今はそこにとどまって
止まったままの
一枚のタイル



by cocue-cocue | 2018-10-22 01:50 | こころと思い | Comments(0)


ご機嫌を保つーー崩れるとてきめん

秋雨が続くなか、金曜日は爽やかな秋晴れで、本当に気持ちいい1日でした。
こんな日は、陽気に誘われて外出先まで歩いてみたり、再会した知人と談笑したりと、気分も晴れやかになるものです。

そして台風の影響で、雨の日が戻りました。
用事で他県まで足を伸ばしましたが、タイミングが合わなくてお昼ご飯を取ることができなかったのです。
空腹感はさほど強くなかったため、時間を気にしつつ帰途に着いたのですが…やはり移動の負担も相まって、最後はふらふらになってしまいました。

そんなときは、皮肉にもよからぬことを招くものなのですね。
週末というのに、業務メールで、かなり不愉快な思いをしたのです。

引き寄せの法則は、感じていることが現実になる、と説いています。
今日の私は確かに、冴えない空模様の下、少し遠くまで出かけて、予想より長い時間を費やし、ギリギリのスケジュールで戻らなくてはなりませんでした。もちろん食事のタイミングを逃して。
心身とも疲労が出ていたところに、イラッとするしかない仕事のメール、ってこれ何の罰ゲーム?と思ったほどです。

無理しない、疲れをためない、イラつく状況に身を置かない。
これって本当に大事なんだな、とここのところ割にご機嫌で過ごしていた私はヒシヒシと痛感したのでした。

自分の限界を少しずつ広げることは大切だけど。
消耗するような疲れは、やはり感じない方が良いに決まっている。

ようやく立ち直りつつあった私は、「快」の重要性が、とてつもなく大きいことを思い知らされたのでした。
ーーーーーー

自分を高め安定させること。頭でわかっていても、ふとしたことで崩れてしまうとは。
まだまだ練習中ですが、幸せに過ごすために、大切にしたい心がけです。





by cocue-cocue | 2018-09-29 23:30 | こころと思い | Comments(0)


荷物を減らしたい

仕事場のデスクも、自宅の部屋も、なにかと荷物が多いです。
片付いていればスッキリする、なんてかわいい次元ではもはやありません、
やはり、抜本的に減らさないといけない、そう感じています。

しかしながら、捨てられるものが思いのほか少なくて、手間をかけても目に見えて変化しないことがしばしばあります。
心配症と呼べるほど、災害含め非常時の備蓄などは潤沢とはいえません。
じゃあ一体、なんだろう?

旅の荷物を身軽にするのは得意なのに。
なぜか、定住してしまうと、あれこれ増えてしまうようです。
管理するものが少なければ、楽になるとわかっているのに。世の中なかなかうまくいきません。

思い切って手放すための踏ん切りがつかないのかも。なかなか悩ましいところです。


by cocue-cocue | 2018-08-22 01:46 | こころと思い | Comments(0)


私見を述べるとは

少し前に、とある受験ブログで見かけた出来事です。

子供の志望校を決めるにあたり、その方はとある属性の学校について「教育方針に芯がない」と書いておられました。
価値観は人それぞれです。しかしながら、その属性というのが、教育の分野にとどまらないものでした。
自分は詳しいわけではないけれど、こういう風に考える(だから敬遠したい)という書きぶりでした。

察するに、その属性とは縁がない人生を送ってこられた様子。人はよく知らないものを警戒したり、過小評価したりするのはよくあることなので、とは思いつつ、読みながらなんとなくモヤモヤしたのでした。

しばらくしてから、その方は個別の学校について、情報を集めた結果を発信されるようになりました。
前述の属性の学校の1つについて、実名を挙げて書いておられたのですが。
そこには「時代遅れ」「閉鎖的」「ピンと来ない」といった印象とともに、配偶者の「それは根底に○○(属性)があるからだ」というコメントがあったのです。

うーん、そこまで言っちゃうかなぁ?というのが率直な感想でした。
在校生も卒業生も、もちろんその保護者も多数いるでしょうし、それより何より、属性はその学校に限らない、いや関係者はむしろ、教育界の外にこそ数多くいるはず。わざわざケンカを売らなくても、といったところでした。

一方で、その属性に則った学校をそこまで合わないと感じているのなら、子供に受験を勧めるという選択肢はゼロのはず。
わざわざ実名を挙げてまで、否定的な感想を世界に発信する必要ってあるのだろうか?とも思いました。

その後しばらくして。

そのブログは大半の記事を限定公開に変更。どうやら、相当数の好意的ではないコメントが寄せられた様子です。
脅迫する人がいればしかるべき対応をうんぬん、といった記述もあったことから、激しい批判もあったであろうことがうかがい知れました。

一連の出来事から学べることは。

・よく知らない、詳しくない物事について、十分に調べることなく、印象のみで断定するのは控えるべし
・特に自分が否定的な受け止め方をしたときは、あえて発信する必要があるのか振り返る
・マイナスの評価を明示する場合に、対象の固有名詞を出すことに対して慎重な検討が不可欠
・自分がいくら正当な理由から発言していると信じていたとしても、当事者や関係者、およびその分野に詳しい人からは「無知がゆえの言いがかり、決めつけ」と見なされる場合がある。謙虚さを忘れてはならない
・個人の意見のサポート材料として、配偶者の感想を引用するだけだと、ますます偏った意見との印象を与える

ブログの大部分を限定公開に切り替えたというところから、その投稿には当人の想定になかったような反響が寄せられたのではないかと想像がつきます。

ということは
・自分の発言が招く反応は、思ってもみないものがあり得る。世の中には、軽い気持ちで持論を展開するのがふさわしくない案件もある
ともいえそうです。

何でもかんでも世に問うべきとは限らない。個人の日記帳に綴るとか、胸の内にしまっておくべき自説もある。
今の世の中、誰でも簡単に世間に発信できるだけに、深く考えることなく口にしたことが世界に広がり、思わぬパンチを食らうことも珍しくないでしょう。

一読者として感じたモヤモヤを、うまく教訓に繋げたいと思って、まとめてみました。

by cocue-cocue | 2018-07-14 01:24 | こころと思い | Comments(0)


子供に見せる姿

第一子に言われたこと。
「将来は独身がいいな」

理由を聞いてみました。
「パパとママみたいに、しょっちゅう喧嘩してるのがイヤだ」

がーん。

そんなに頻繁に喧嘩した覚えはないのですが。意見の相違はもちろんあるし、私は夫に遠慮して黙るタイプでもないので、激しく言い争っているように聞こえるのかもしれません。

でも、もしかしたら、子供たちの心を痛めているのかもしれない。


思えば私自身も、いつからか思っていました。
お母さん、離婚すれば良いのにって。

こんなにお母さんをないがしろにする父親なんて人間のクズだから、とっとと追い出してしまえよと。
あいにく専業主婦家庭だったので、生活の糧を父親が稼いでいるため、自分がイヤでたまりませんでした。なぜ、こんなに威張りくさっているジジイの世話にならなきゃいけないんだと。
稼いでいるからって偉いと思うなよと。

学生時代、よく耳にしたのは「就職したら、お父さんの偉大さがわかるよ」という言葉でした。
実際に、男女差なしの、今も明らかに男性が多数派の仕事について私がすぐに気づいたことは、「偉そうにしてた父親は、社会人として全くダメだったんだな」ということでした。

父が他界し、感傷的になったのは久々に実家界隈に戻り、昔の出来事を思い出したからだけで、それ以外は全く悔いも悲しみもありませんでした。誤解を恐れずに書くと、父が死んで、もういない人に対して怒りを抱かなくなって、イライラから解放されたほど。
薄情な娘と言われても平気です。
なぜなら、それだけ私は、冷たくあしらわれ、怒号を浴びせられて、欠点をなじられて育ったから。

もしかすると子供達には、私が死んだ父の生前に抱いていたような思いを、私に対して抱かせているのかもしれない。
時折、無意識のうちに、自分が浴びせられたような言葉をこれでもかと発しているのかもしれない。

ただひとつ、私が親と異なる点があります。

子供達に重ねて伝えていること。
「親も先生も、間違えることがある。長く生きているから、分かることもある半面、年上だからというだけで正しいとは限らない」

子供時代の私が、いや大人になってからも、親からかけられたことのない言葉を、私は我が子に、折に触れて使っているのです。

我々夫婦が子供にとって、決して良いものには見えていないのだとしたら。
まさに死んだ父が「自分の育った家に家庭がなかった」と言っていたのと、同じかもしれません。

負の歴史はどこかで断ち切らなくては。

by cocue-cocue | 2018-07-04 01:14 | こころと思い | Comments(0)


大地で呼吸する

とても広い公園に、ピクニックに出かけてきました。
前から使っているサンシェードに加えて、今回は新しく買ったレジャーマットも持参。芝生に広げて腰かけると、クッションが心地よくて、思わずゴロンと横になってしまいました。

母校には芝生が広がる大きなグラウンドがあり、今の季節はお昼休み、お弁当を広げてのんびり過ごしていました。
ただそこに芝生がある、それだけで外に出ておしゃべりに花咲かせながら昼食を取っていたのですが、今となってはとても豊かな時間を過ごしたものだと感じます。

芝生の上のマットで寝転がりながら、考えました。
最後に大地で大の字になったのは、いつだっただろう。

海水浴に出かけた時ですら、海辺でゴロンと転がってみたかどうか、記憶はあいまいで。しかも海辺で過ごしたのは何回前の夏だっただろう。

公園とはいえ、日頃過ごしている都市と比べると自然が豊かな場所で、体を横たえて大きく深呼吸していると、私たちが本当にゆったりできる瞬間というのは、土の上だけなのかもしれない、そんな思いがあふれてきました。

コンクリートに固められた町のおかげで、便利な生活を送ることができているけれど、人はやはり、土の上で大空を感じたい生き物なのかも。
ビーチや大きな公園で集まってヨガをする人たちが気持ち良いと感じるのも、こういう理由かな?

日差しを浴びたり、心地よい風に吹かれたり、なんとも贅沢な時間を味わった休日でした。



by cocue-cocue | 2018-05-01 13:49 | こころと思い | Comments(0)

    

出して、取り入れて。ものや知恵と出会い、手放す毎日。
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