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日々是呼吸


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行動を変えるとき

ひどい大雨になり、網戸から細かい雨粒がベッドまで届くなか、壁が揺れ続けています。
台風がらみの雨が降るとき、私は若いころの出来事を思い出すことが多く、気候や身をまとう空気が与える影響を感じざるを得ません。
雨音が激しく、ちょっとした話し声ならかき消されそうな、水滴の落ちる音や、水が流れたり溢れたりする気配が伝わってきます。

人が何かをやめたり、今までと違うことをしたりするとき、どうしてもやってみたい、やらずにはいられないものと出会う以外に、別のきっかけがあるように感じます。
それは、今ある何かに耐えられなくなったとき。

変えたいと思っているだけで変わるほど、人の行動は柔軟とは言えません。
何か強い後押しがない限り、習慣をはじめたりやめたりすることは難しいです。
こんなこと、もう我慢できない。
耐えきれない。
そう感じたら、握りしめていた手を開いて、中にあったものを放つことができるのです。

1年近く前、動揺するしかない場面に遭遇し、しばらくは自分で消化しようともがきました。
体調を崩してまで取り組んだ結果、私は自ら、静かに口を閉じることを選んだのでした。

そこからもう少しで半年。
何かアクションを起こすこともできました。あんなこと、こんなこと、伝えてもよかったはず。
だけど私は、選びませんでした。
何を言おうかと考える気にならなくて、時の流れに身をまかせるうちに、これはもう、このまま黙って立ち去るのがベストだと。

口を閉じる契機になった引き金で、実は私はさほど傷つかなかったような気もしています。
むしろ、それまで何とか受け入れようと試みた、昨年からの異変に対して嫌気がさし、ストレスが積み重なっていたことに、その時やっと思い至ったと言えるかもしれません。

自分が尊重されていないのではないかと薄々感じていたからこそ、引き金を引いたのだと思います。

自分を責めたくなるのは本当につらいけれど、私が、そんなことにふさわしかったからこそ招いた事態だったはず。 

気が向いたら、続きを書きます。

by cocue-cocue | 2019-07-28 03:32 | Comments(0)


夏じたく

関東は何年ぶりかの冷夏を思わせる日々が続きます。そんななか、休暇に備えてしたくをしました。

初めて出かける南の島で使いたいものを、買うことにしました。
フラッと通りかかったお店でなんとなく目に留まったものを試して、その中から買ったくらいなので、しっかり下調べしたりじっくり吟味したわけではありません。ただ、おそらくあれこれ考えて品定めしようとしても、結局のところは迷走するおそれもあるわけで、行き当たりばったりの選び方も悪くなかったはず。

さらには、つい口にした言葉から、食事でいうならサイドメニュー、さらにはデザートまで注文するような買い物をしました。
トータルで揃えたので、準備万端です。

物を選ぶとき、結局のところは自分の好みからは大きくはみ出さないんだな、と痛感します。
数年前にファッション診断を受けたとき、似合うと言われたいくつかの色や服のスタイルについて、正直驚きも意外感も大きな発見もなく、ある意味納得したことを思い出しました。

私はどこかで、自分の知らない自分を探したいと思っていたのでしょう。
具体的なアドバイスは本当にありがたい限りで、今も役に立っています。そのベースはどれも慣れ親しんだ自分のスタイルそのもので、本人の気づかない姿を示されたわけではありませんでした。

そして今回も、3つから選ぶにあたり、おそらくこれだと試す前からわかっていたものが、結局一番しっくりきたのでした。
つまらないといってしまえばそれまでですが、それが私の個性なのでしょう。

なんとなく、遅れてきた何かに今さら向き合っている感じもしつつ。
せっかくの脱・猛暑の日々をありがたく受け止めつつ、夏全開の休暇先を今から楽しみにしたいです。



by cocue-cocue | 2019-07-15 06:40 | Comments(0)


涼しい7月

今年は梅雨寒が長引いている印象です。数年前のこの時期、西日本に出張した時に着ていた服を思い出すと、今のこの気温の低さは尋常じゃない、そんなことを感じます。

洗濯物も乾きづらく、髪を洗ったあともなんとなく水分を含んだままのような感じで、カラッとしたさわやかさを久しく味わっていない気がします。
蒸し暑すぎるのは苦手ですが、夏になるとエネルギーが高まるように期待していたのが肩透かしにあったような。
今ひとつ、実感なきまま、今年の後半も少しずつ進んでいます。

私にとって夏は、いろんな転機になることが多い季節です。良いことも、そうでないこともあったと思いますが、明るい陽射しと内面を見つめるひとときと、なんともいえない気持ちになる時期です。
今年の夏もまた、振り返ると印象深いものになりますように。

by cocue-cocue | 2019-07-13 01:15 | Comments(0)


人生が変わるとき

気付いたらあまりやりとりしなくなる、そんな人間関係がこれまでいくつもありました。

きっかけがある場合も、そうでないこともあります。自然消滅という言葉が決してあさっての方向ではないと思えるほど、そういえば連絡していなかったことにずいぶん後から気付いたりします。

人間関係が広がることと、切り捨ててはいないけれど細っていく面と、それぞれが実は不定期にして並行して起きているのだと感じます。
それは必然的な関係であったり、まったくもってひょんなきっかけだったりと、さまざまではありますが。

今年も5ヶ月が終わろうとしているなか、それなりに長い期間やりとりのあった人たちとかみ合わない、そんなことがポツポツおきています。

それは無理。

そう伝えるしかなく、でも相手は全く納得しない(反発はしないものの)、そんな感じでしょうか。
そしてこの人たちとはおそらく、どんどん疎遠になっていくんだろうなぁと私はもう、知っているのです。見てきたかのごとく。

時代の変化は本当に早くて、昔の常識など通用しないし、過去の栄光も今の姿とは無関係に扱われる。
人はそのことに、どこまで自覚的でいるのでしょうか。
もう二度と話すことなどないかもしれない、そんなことをふと、思いつつ。

また、梅雨の季節が近づきます。


by cocue-cocue | 2019-06-01 01:37 | Comments(2)


安全な登校が困難な時代

見守りの父兄に殺害されたり、挨拶当番で早く出かけたら地震でブロック塀が倒れて下敷きになったり。そしてスクールバス乗り場で通り魔に襲われたり。
日本はいつから、目に見えて登校時の生命リスクが高まったのでしょうか。

いずれも無配慮な登校環境ではないのに、死亡事件が発生しています。
そう考えると、私たちの社会が思うところの「安全対策」の前提そのものが大きくズレている可能性があります。

決まった時間の登校も、いつもとは異なる時間の出発も、いずれも安全ではない。
大人の見守りは万能ではない。
少子化のこの時代、登校している子供の数より明らかに多い数の大人が出勤しているはずなのに、痛ましい事件や事故の被害は子供に発生しがちなのでは。
これはもう、明らかにまずいでしょう。

ひとつは、徒歩に頼る割合が大きいこと。
さらには歩く場所が生活道路と呼ばれる道で、オフィス街や工業地区に比べて、リスクのバリエーションが大きかったり、対応が貧弱な道が多かったりすること。
ハード面だけでも課題は山積しています。

少しでもリスクを減らして安全な登校を実現させるために、もう根本から見直さないといけないとしか思えません。

人口が減り始めているというのに、目が行き届きやすくなってしかるべきところ、尊い命が無残な形で奪われるなんて。
自分には何ができるのだろうかと、考えさせられています。


by cocue-cocue | 2019-05-29 02:56 | Comments(0)


連休らしい日々

ようやくお天気は、大型連休らしくなってきました。私はこの気候が好きなので、一年中今のようなお天気と気温なら良いのに、と切に願います。

これだけ世の中がお休みモードだと、カフェものんびりした雰囲気で、落ち着いていて、快適です。
朝から議論する若者たち、ノートに何か書き付けている若者、などなど、くつろげるなぁとしみじみ感じるのです。
このままずっとこんな時間を過ごしていたい、と思えるのはやはり贅沢なのかもしれません、

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by cocue-cocue | 2019-05-04 09:29 | Comments(0)


令和2日目

あまりピンとこないまま、目覚ましもかけないで朝寝坊したり、午後から日差しの差し込むお風呂に入ったり。
ここが自宅でなければ、優雅なリゾートライフを満喫している、とも言えそうです。

完全オフの日ですが、本当にダラダラ過ごしてしまって。あっという間に時が流れて夜になり、夕食〜晩酌〜などなど、とにかく無目的な1日でした。

スケジュールの調整に出遅れて、楽しい外出の企画も特にないまま、連休は折り返しました。
せっかくのチャンス、何か工夫しても良かったのですが、何もしない時間を過ごしたというのも、元号が変わった時の思い出にはなりそうです。

残り4日の休日、心安らかに過ごせますように。

by cocue-cocue | 2019-05-02 17:23 | Comments(0)


令和によせて

平成に変わったとき、当時の私は、ある分野の課題について、霧が晴れた、そんな実感を得たことを記憶しています。
当時の私にとっては極めて難解だった理論について、あ、こういうことだったのね、と、サーっと目の前の靄が消え去るかのごとく、軽く啓示を受けたかのような、そんな気持ちにすらなりました。

平成がいつどんな形で終わるかなど、全く想像だにしなかった当時の自分。その後、文字通りこれまでの巣から飛び出して、自分なりにもがき続けたまま終わりを迎えたような印象です。

何かが大きく変わるわけではないけれど、1つの節目を迎えて、この先のテーマを決めても良いかな、とふと感じます。
無理しないこと。
令和がどのくらい続くのかはわからないものの、ここまでこんな感じで生きてきた私のこの先は、自分なりにこんなもんかな?という枠が出来上がっています。
そこに合わせず、枠は破壊して、でも、自分を押さえつけない。
そんな感じで生きていけたらと願います。

歪みやひずみにもっと敏感になりたい。
不快を察知し、快を愛でたい。

新たな時代なりの、古さを脱ぎ捨てた生き方を選びたいものです。


by cocue-cocue | 2019-05-01 00:43 | Comments(0)


新年度から2週間。

ようやく週明けから気温が上がる、と思ったら、最低気温はしばらくヒトケタ台だそう。葉桜の季節からツツジ満開の季節になってもなお、コートやストールが手放せない、こんな寒暖差は珍しいのではないかと感じます。

新年度が始まり、職場では2週間が、学校では1週間がすぎました。気付いたら、もうずっと前からこんな環境だったかのごとく、日常が回り始めています。
心機一転とか、新年度に際しての誓いを打ち立てるとか、なにかリフレッシュした感じもなく、今のくらしをこれまで同様に続けているのは、果たして良いのかどうか。そんな気持ちになります。

あれもこれも手が回らなくて、表層的な時間を過ごしているように思えてならないけれど、どうにか改善したいのにできなくて。このもどかしさ、春の憂鬱でなければよいのですが。

もう少し暖かさが定着して、活動しやすくなれば、また気分もさわやかになるのかもしれません。



by cocue-cocue | 2019-04-15 01:19 | Comments(0)


合間に愛でた桜

また気温が下がりそうな気配ですが、週末は割と安定していたので、外出の途中に桜を眺めました。

気がつけば、お花見をうたうお食事会や飲み会の話を身の回りでは聞かなくなりました。
子どもが小さかった頃は、お弁当を持ってピクニックに出かけましたが、ここへ来てわざわざ花見を企画することもなくなった気がします。

今年はそうでもありませんでしたが、桜の季節は雨に見舞われることが多く、なかなか日取りが難しいことや、花冷えでとても戸外で過ごす気になれないことも、花見イベントから縁遠くなった理由かもしれません。

そんなわけで、用事のついでに桜を見かけたら、じっくり眺めて、写真を撮るようにしていたのがこの春です。
いろんなお花見スポットには多くの人が足を運んでいるようですが、地味に見学しているからか、人混みはあまりありません。
のんびりマイペースなお花見を楽しんだ、平成最後の春でした。

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by cocue-cocue | 2019-04-07 23:22 | Comments(0)

    

出して、取り入れて。ものや知恵と出会い、手放す毎日。
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