ネットでためになるコラムを見つけたので、紹介します。
「一言多い人」と言って即座に思い出すのは義理の母ですが、今回はその話ではなく。
娘の心を踏みにじることに掛けては右に出る者がいない、死んだ父親がまさにこのタイプでした。
例を挙げるとキリがないのですが、私が許せなかったのは「お父さんに悪気はなかったのだから(許してあげなさい)」と母親に毎度言われることでした。
悪気があろうがなかろうか、私を傷つけ、落ち込ませ、ショックを与えて、泣かせているのは間違いないわけです。
はなから悪気があったなら、虐待を働く毒親として糾弾されて当たり前。
私を泣かせる無神経な言葉を「悪いと思わずに」言葉にする軽率さ、愚かさ、知能の低さ、教養のなさ、思いやりの欠如、それら全てが許せないわけです。
母は死んだ父のことを「筋が通っている」と曲解していました。それは大きな誤解です。
自説にこだわり、誤りを認めず、偏った視点から物事を決めつけ、新たな知識や異なる考え方を全く受け入れようとせずに頭から否定する、一言でいえば「頑固・頑迷さ」でしかないわけです。
冒頭のブログ筆者、永松茂久さんのこの文章に私は励まされました。
ーー引用ーー
人間は関係性の中で生きています。
思ったことをストレートに言っていい場合と、絶対に言ってはいけない場合があります。
こう言うと中には、
「世の中には、口は悪いけど本当はいい人っているんだよ」
と言う人がいますが、私に言わせれば口の悪い人でいい人なんていません。
口から出るということは、その人が頭の中で考えているから出るのです。
オレンジをいくら絞ってもオレンジしか出ないように、心の中にない言葉は口からは出てこないのです。
愛ある人の口からは愛のある言葉が、意地の悪い人からは意地の悪い言葉が出てきます。
残念なことですが、否定的なことしか言えない迷惑な人は必ず存在します。
どんなに正しくても、どんなに本当のことでも、必要のない場面でむやみに相手を傷つけることを言うのはやめましょう。
そして、相手に共感する言葉、寄り添う言葉でコミュニケーションをつなげていけば、必ずその人の魅力は上がります。
ーーここまでーー
「私に言わせれば口の悪い人にいい人なんていません」
その通りです。
死んだ父が筆頭でしたが、類は友を呼ぶのか、父の母(私の祖母。こどもの日が誕生日で、祝いを届けに行くたびに私は「この子、どこの子?」と言われ続けました)、父の兄、父方の親戚一同、ひどい言葉を吐くことに長けている人々そろいで。
もとい、自分たちがひどい言葉を吐いている自覚すらない、それは当たり前の発言だとなんの疑問も抱いていなかった気がします。
母からは「もう関わらなくていい」と言われたはずなので、このまま関わらないつもりでいますが。
「悪気がない」じゃなくて、悪気のないこと自体がもう悪なんだということが、広く知られてほしいものです。