許せない!って息巻いているとき。
そのことや相手のことで頭がいっぱいになって、カッカとしているはず。
不快で仕方ないはずなのに、なんでそんなことにかまけてしまうんだろう。
その答えが書かれていました。
許せない!って被害者ポジションに居座るの、楽なんですよね。
文句や愚痴、不平不満を述べていれば済むし、感情的になるから「なんかやってる感」も出て、生きている手応えすら得られるのかも。
なるほど。
と思っていたら、まさに亡父の人生が、幼少期の不遇を許せないと恨みつらみを握りしめているものだったことを思い出しました。
縁故疎開先の四国の町で実母の親戚に疎まれ、地元の子供達や学校の先生にいじめられたこと。
親が商売に明け暮れて、家庭らしさがなかったこと。
だから自分はこんなに根性がひん曲がったんだ!三つ子の魂百まで!とか、それはウンザリするほど聞かされました。
って、そんな人が嫌で、気持ち悪くて、何一つ尊敬などできず長所も見つからず、憎しみしかなかったのに。
そういえば、と、ブログを読んで気づきを得られた後に、ようやく思い出したことに気づいた私。
亡父はもはや、許せない!の対象ですらなくなっていました。
そんな発見もちょっとだけうれしいかも。