たまたま見かけたブログのエントリで、実母と縁を切った男性のエピソードを読みました。
その方の絶縁のきっかけは、老いた実母の「長年、年長者に迎合して暮らしてきた。今度は私の番、そうでないと自分が我慢してきた甲斐がない。子供や孫は私に媚びなさい」といった趣旨の発言だったそうです。このままだと家族が病気になってしまう、と。
ふと思い出したのは、もう10年以上も前の話です。
私の母も似たようなことを言い出したのでした。
「お母さんは○○歳を過ぎたら自分の好きなようにするんだ」と。
それが60歳か65歳か、あまり記憶にはありません。ただ、ある年齢を超えたら言いたいことを言い、したいことをする、というのです。
いつのことだったか私が覚えていないくらいですから、天変地異が起きたわけではなかったはず。とはいえ、私が幼い頃から、何か不満や苦情を述べると「お母さんはそんなことは言わせてもらえなかった」という叱られ方をしばしばしていました。ずーっと抑圧されてきた、だから我が子も抑圧する、という考えは、おそらく本人が思う以上に若い頃から染み付いているものだと思います。
自分の同級生の親子関係を見ていて、自分の母親が常に我が子を後回しにする、ないがしろにするのは、普通のことではなかったーーそれを知ったのは皮肉にも社会に出てからでした。
外食でも家でも、食事の時にジュースなど一切飲ませてもらえなかった話をした時に「君の親御さんは、子供を楽しませようとか、喜ばせようとか、思わない人なのかな」と言われ、とても驚いたのも20代の頃でした。
上の子供がもっと小さかった頃、近くのフードコートで食事をしました。注文したキッズセットに子供用のジュースが付いてきたのを見た母が「ヘェ、あなたは子供に食事の時にジュースなんか与えるのね〜」と嫌味たっぷりに言い放ったのです。これは過去10年以内の出来事です。母の「子供を甘やかしてなるもんか」精神は筋金入り、といえそうです。
さて、私は一人暮らしをしている実家の母にはほとんど連絡をしません。呼び寄せるつもりもなければ、実家方面に戻る意思も皆無です。親は親、私は私なので、本人が気の済むように暮らせばいいと思っているからです。
同年代で似たような属性の友人らは、老親に食べ物を送ったり、旅行に連れて行ったり、折を見て帰省したりしています。私はそのいずれもしません。
帰省しても実家に泊まる場所はない(寝るスペースがないほど物が溢れているため)ので、電車で数駅離れたホテルに部屋を取らなくてはなりません。何か贈り物をしても少しでも気に食わないと文句を言われます。旅行は本人にもう気力がないようなので無理でしょう。
世間一般の標準から見れば、私は薄情な部類に入るのだと思います。上に書いたような行動をする友人らに頭が下がるものの、自分がそれをしようとか、しなくてはならないとか、したほうがいいとか、全く思わないんです。
それはおそらく、私が一般的な子供が親にしてもらったことを固く禁じられていたことと無縁ではないような気がします。今さら親に恨みつらみをぶつける気持ちもなく(「はいはい、お母さんが全部悪かったんです」と言われておしまいなのは分かっている)、徒労に終わるやりとりに体力を使う意思はありません。
時折電話がかかってくると「いろいろ相談したいことがある」というので、「お母さんがいいと思ったようにすれば良いのよ」と答えます。何を相談したいのかは知りません。仮に内容を聞いても、私の答えは変わらないからです。
母の人生は母が自分で決めれば良いのです。娘に合わせるのでもなく、娘に指図するのでもなく、自分がよいと思ったことを選ぶべきでしょう。
私が何か言ったとしても、どうせ耳を貸すわけないんですから。自分がやりたいことのお墨付きがほしいだけなので、私はあえてその判断には口を出さないようにしているだけです。