子育てをしていて、なにか欠落した自分を思い知らされる機会は少なくありません。
今となって分かるのは、私は育てられただけで、決して可愛がられなかったから、という事実です。
怪我をしても「自分でしょ?」と不注意を責められる。
外食してもジュースやデザートはご法度。「デザートを食べられると思ったら、食事をあまり食べず残そうとするから」というのが、食が細かった私にデブ親父が毎度主張した言い分でした。
親たちの言い分は「子どもにいい思いをさせてたまるか」「子どもの望みを叶えて、ろくなことにはならない」といったあたりでしょうか。
子供を喜ばせたいとか、楽しませよう、そんな発想は彼らにはありませんでした。
物心ついた頃から「本当のお父さんとお母さんはどこにいるのかな?」と思っていました。
「一人目は失敗作。もう一人生まれていたら、ちゃんとうまく育てられたのに」と一人娘に繰り返し投げ掛けた母。
呪詛とか怨嗟とか、もはやそういう世界でした。
私が彼らの子供だったのかどうか、わかりません。
幼い女の子をつかまえて、あのような言葉を浴びせかけることで、彼らは何がしたかったのでしょうか。
教育?しつけ?
憂さ晴らし?
大人になり人の親となった今、大人として見た親たちの異様さを思い知り、同時に可愛がられなかった幼い頃の自分が不憫でなりません。
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