就職して初めて、働く父親の気持ちがわかった、ありがたみを感じた。
そんな声を、耳にします。
「社会に出て、自分の父親ができないヒトだと分かった」なんて思ったのは、私くらいでしょうか?
父に言い渡された通りのことをして、職場で叱られたことは何度もありました。
我が家の常識が社会には通用しない、というだけではありません。
父のあの頑固さひとつとっても、一緒に働いた方々にさぞ迷惑をかけただろうなあと思わずにはいられないのです。
そんな頑固さを物語る逸話をひとつ。
私の実家のある街に「尼宝線」と呼ばれる道路があります。
尼崎(あまがさき)と宝塚(たからづか)の両市を結ぶので、「あまほうせん」と読みます。
父はこの読み方が気に入らないのです。
「あま、だけ訓読み、ホウが音読みというのは、おかしい。間違いである」
さらに父はこういうのです。
「この道路は、あまほうせんではなく、ニホウセンと呼ぶべきだ」
そして会話の際、この道路の名前が出ると「ニホウセン」と言い張るのです。
固有名詞には適用しないのかもしれませんが、日本語には重箱読みや湯桶読みと呼ばれる、音読みと訓読みが組み合わさった単語があります。
そんなことは、父には通用しません。
関東地方の方に分かりやすい例をあげるなら、父の言い分は「東横線をとうよこせんと読むのは間違いである」というもので、他人との会話で「東急トウオウセン」といい続けるようなものです。
尼宝線の読み方がどうあるべきか、それはさておき、父の頑固さとは、社会で合意を得られた、地名に準じる道の名前であるのに、自分が正しいと思ったように読んで(その読み方は誰にも通用しないのに)、それを他人にも通じさせようとすることです。
父がそんな風なので、母までもニホウセンと言うようになりました。あまほうせんと言うと、父が「ニホウセン!」と訂正を求めるからです。
もちろん、他の人との意思疏通には支障をきたします。
でも父は意に介さないのです。
間違えているのは、あまほうせんと呼ぶ世間なのですから!!
父に敬意を持てないどころか、馬鹿馬鹿しくて付き合いきれない、そう思わずにはいられない、数多あるエピソードのひとつでした。
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