押し入れの名前は「押してものをいれる」事に由来している、そう信じて育った私の実家が、いかにものにあふれていたか、想像するのは難しくないでしょう。
とにかく詰め込む。びっちりしまう母の技は、大したものでした。
海外旅行で、買い物しすぎて溢れた友人のトランクを詰め直し、見事に蓋をしめたのはさすがでした。
が、しかし。
いざというとき、必要なものが見つかりません。
奥にしまいこみすぎて、忘れてしまう。手前のものが多すぎて、取り出せない。または、押し潰されている。
ディスカウントストアのドンキホーテは店頭の「圧縮陳列」 が特長でしたが、母の収納はいわば「圧縮収納」でした。
実家を離れて、結婚出産を経た私のところで、荷物の片付けを手伝ってもらうようになり、気が付きました。
なぜいつも、しまいこんで持ち物を見付けられないのか、その理由です。
衣類でも雑貨でも、最近なら(半)透明のプラケースや引き出しにしまうのが主流だと思います。
そのとき母は、とにかく空間があれば分類を無視してでも、入るものを詰め込むのです。
ケースのラベルに「夏物スーツ」と書いてあるのに、なぜかコートやウールのズボンが入っています。
一緒に作業していても「空いているから、ここに入れてもいい?」と言って、手近にあるものをしまいこもうとします。
だからそれじゃあ分類の意味がないじゃん…とたしなめますが、何が悪いのかわからない様子。
少しでも数多くしまうことができれば良い、そう思っているのですね
確かにおびただしい数のものを持ってはいます。
でも、見つからない、取り出せないなら意味ないのに。
半端に収納できてしまっているだけに、母はもしかしたら、自分は収納が得意だと自負しているのかも知れません。
始末に終えない…