岸本葉子さんのエッセイ「マンション買って部屋づくり」に、「インテリア3歳決定説」というコラムがある。
いわく、物心ついた頃の住まいが原風景となり、その人の生涯のインテリアセンスを決定付ける、という恐ろしい仮説だった。
岸本さんご本人も、カーテン選びのあたりから「すでに親の家に似てきた」と書いておられたが、私にも思い当たる節がある。
就職して一人暮らしを始めてから引越しを重ねても、どういうわけか部屋の雰囲気が実家と似ているのだった。間取りも壁の素材もまったく異なるのに。
私の実家はダイニングセット、リビングセットとソファ、ベッドを使っていたので、床に座る生活とは無縁だった。いわば洋式の生活だったが、戦争体験を持つ両親は、物不足時代の反動で物を捨てられない、脈絡なく物を飾りたがるという傾向があり、すっきりした住まいと対極だったのだ。
その反動か、おしゃれで片付いた、広々した住まいにあこがれて雑誌のインテリアページを繰ってみるものの、いつも母に「そういうのは無理よ」「家は楽屋みたいなものなんだから」とあきらめるように促されたのだった。
翻って我が家には、2歳を過ぎた子どもがいる。日々新しい言葉を覚え、複雑な文章を操り、親の予想を上回るいろんなことをやってのける。
ということは、毎日過ごす住まいの風景も、そろそろ刻み込まれているはずなのだ。
まずい。まずすぎる。子どもが今の住まいの様子から逃れられなくなってしまっては大変だ。何とかしなくては。
一刻も早く抜け出さなくてはいけない。とにかく急がなくてはいけない、そんな思いに駆り立てられていたのだ。