日々是呼吸


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また、夏が来る

 初めて出産したのは、初夏でした。
産後の入院中、激しい雨が打ち付けていたことを思い出します。

 思い出を振り返るとき、いつも切なく思い浮かぶのは、暑い夏のひとこまばかり。
 初めて海外に行った中学時代、キャンプや合宿で人生が変わった高校時代。
 アルバイトに海外研修。東京を往復した四年生のとき。

 働き始めてからも、何かが起きるのはいつも夏でした。
 本当に突然結婚を申し込まれたのも、体調を崩したのも、暑い時期ばかり。

 今年もまた、夏が近付いてきました。
 何が起きるのか、全く知らずにいた一年前を思うと、無邪気な我が身が切なくなります。
 まさかの急展開で、夏の終わりとともに、一つの時代が幕を引き、その後の日々はまさに、想定外でした。

 今私がここにいること。あの出来事と無関係ではないはず。もし歯車が違うかみ合い方をしていたなら、きっと何もかもが違っていたでしょう。

 でももしかしたら、私が歩んできた道こそが、定められたものなのかも知れない。
 あのまま何事もなく過ぎていくなど、きっとあり得なかったでしょう。

 大きな出来事が起きるとは予想だにしないまま、心構えなく迎えた1年前の夏。
 私は今、ここにいて、事あるごとに振り返ってしまいます。

 またやってくるこの季節。暑さで高揚するのか、切ない思いが残る日々。
 今年の私を待つのは、どんな夏なのでしょう。



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by cocue-cocue | 2015-06-28 23:57 | こころと思い | Comments(0)


新たな門出の日に

今日は私の大切な友人の、門出の日です。

深い傷を負ったものの、新天地を与えられて、旅立ちます。

別れは淋しいけれど、共に分かち合った出来事は、いつか思い出せなくなる日が来たとしても、ここに確かにあったんだなと、そう素直に感じられる予感がします。

残された私。

ぽっかりと空いた心のすき間に、新しい何かが流れ込んでくるのでしょうか。

振り返るにはまだ早い、駆け抜けたこの数ヵ月の日々。
あなたがまだ、子供だった頃に見たというドラマのタイトルのように「黄金の日日」があるなら、もしかしたらこんな時代を指すのかも知れないね。

一緒に引いたおみくじで、同じ番号の凶を引き当ててしまったこと。
その通りの出来事があなたに降りかかった、この夏の日。

後日引き直して、またもや同じ番号のおみくじだったあの夏の午後。
不思議な星のめぐりを感じたものでした。

遠く離れて行くけれど、また会えるのか分からないけれど。
縁があるなら、どこかできっと、一緒になるでしょう。

活躍してね。私も、私なりに、やっていきます。

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by cocue-cocue | 2014-10-02 04:53 | お気に入り | Comments(0)


別れ際

 もうすぐ、私の近くから遠いところへ旅立つ予定の人がいます。

 送別会を開きました。

 実はその前の日も、お昼に誘われて出かけました。お店を後にしたのは20時半。生涯最長の昼食の記録となりました。

 にもかかわらず、今日は予定通り、送別会を開きました。4時間くらいかな。

 その人に降りかかった、夏の災厄。
そばにいて、経緯を知り、報告を受け、秘密を共有しました。

 その出来事さえなければ。
 いろんなことが、別の展開を迎えたはずでした。
 全く異なる未来が待ち受けていたはずでした。
 でも、起きてしまった。
 運命だったのでしょうか。

 私はその人の友人となりました。打ち明け話を聞きました。浮き沈みにも付き合いました。
 何も起こらなかったなら、我々は果たしてどんな関係だったのか。もはや想像するのも難しいです。

 平穏に月日が流れていたなら。
我々はもっと活発だったに違いありません。
走り続けていたはずです。飛び回っていたことでしょう。

 しかし、その動きは止まりました。
歯止めをかけられました。

 周りの人々は、静かに去ったり、遠巻きにしたり……
そのなかで私は一貫して、これまで同様に接していました。
私はその人に着いていくと、決めていたのです。出来事のもっと前に。
だから、それが自然でした。

 私はこの災厄を、恨まなくてはならないのか。
はたまた、感謝を示すところなのか。
周りから人が離れていくなか、そのままそこにいた私は、結果的にその人のいろんなことを知り、そして「信頼できる友人」と言ってもらえました。

 その人は間もなく、遠いところへ行ってしまいます。
頻繁には会えなくなります。

いろんなものを、私も抱えたようです。
巻き込まれた側面もありながら、実は私は逃げなかったのです。逃げることなど、思い付きもしませんでした。

 こんな形で友人ができるなんて。思いもよらない展開でした。
 2014年の暑すぎた夏。生涯忘れられない、思い出になりました。
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by cocue-cocue | 2014-09-12 01:00 | 仕事の相方 | Comments(0)


母の日の思い出

何年か前までは、母の日に鉢植えを贈ったりしていました。
私も、当たり前の親子関係に憧れていたのです。

父とは仲の良かった瞬間すらなく、生理的に受け付けないため、父の日に何かしたことなんて一度たりともありません。

せめて母の日くらい、何かしても、という思い込みを捨てて以来、私にとってこの日は、子供たちのかわいい作品を見るときになりました。

*****

それはバレエのレッスンの帰り道でした。
外に出掛けていて、母の日の贈り物を選べる、唯一のタイミングでした。

運よく私一人で買い物できる瞬間が、母の日の前日夕方に見つかり、目星をつけていた園芸店で、小さなマーガレットの苗を手に入れました。

母の日に渡して、母親に言われたこと。

「しょうもない、鉢植えなんか買って。」

その後、どんなやり取りをしたのか、私の記憶からはすっかり抜け落ちています。

そのマーガレットが、どうなったのかも。

*****

自分が子供たちから、工作やら折り紙をもらうようになり、どうしても母親に言われたことが解せないのです。
どういう意図で、娘の心を踏みにじるのか。
何をすれば私は母親に喜んでもらえたのか。
今もって、見当もつかないのです。

*****

もはや思い出すこともできない、当時の自分の心。
今はすっかり、街並みが変わってしまった、あの踏み切りの横の店先だけが、今もまぶたの裏に浮かびます。

その年の母の日の思い出が鮮明な限り、私は母親に感謝の言葉は出せないで生きるでしょう。
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by cocue-cocue | 2014-06-09 00:00 | 親への違和感 | Comments(2)


娘を「口先女」呼ばわりした、母親の立派な言動(その1)

自分の母親から、「あなたは口先女」と言われて育ちました。
「言うばっかりで、行動が伴わない」それが批判の中心でした。

東日本大震災のあと、夫の親戚が北陸からお米や食材をいち早く送ってくれたとき。
実家の母親からかけられた言葉は「お母さん、何もしてあげられへんから」

って、してくれるひともいるんだけど…

何もできないなら、せめて励ましの言葉くらい、かけられないの?というと

「いちいち言わないと、あんたは分からへんの?」と逆ギレ。

こういう非常事態って、仮に思っていなくても、お見舞いの言葉をかけるんじゃなくて?というと、母親からこういわれました。

「お母さんはね、口先じゃなくて、行動で示すのよ!!」

…その唯一の行動が、電話を掛けてきて
「お母さん、何もしてあげられへんから」だったのですが。

そうそう、「関西ではそんなに話題にもなってへんよ」とか、「ご近所さんも、特に心配してはらへんし」もいうのもありました。

震災から3ヶ月が過ぎたとき、「どうせ関東は、放射能浴びまくりなんでしょ、みんな」と言ってのけたのも、行動で示したと言えるのかもしれませんね。

(ちなみに両親は関西在住で、私も含め、阪神大震災の被災者です)

***

前置きのつもりが、長くなりました。

本題は、次回に。



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by cocue-cocue | 2013-08-05 18:10 | 親への違和感 | Comments(0)


3改め4話完結)最終回…晴れ着、と母、の思い出

第一子のお宮参りで懲りたので、第二子のときは洋服で臨むことにしました。

すると思わぬ申し出が、親からありました。

「赤ちゃんの羽織は、こちらで用意するから」

撮影用の貸衣裳でお参りもできる、となると、限られることもあり、そのことばをありがたく受け止めました。

*****

お宮参りの前日。
羽織を見ました。

ウソでしょ?

私の目はまた、一点に釘付けになりました。

*****

羽織の胸元に、またあるのです。
茶色いシミが。

「お母さん。これ、シミだよね」

母は、答えます。

「ああ、そうよ」

「どうしてなの?」

「さあ。知らないわ」

そしてまた、この台詞です。

「赤ちゃんに掛けるんだから、この位置だと、外からは見えないわよ」

*****

そして、何事もなかったように、繰り返すのです。

「この柄行き、なかなか見掛けないでしょ。珍しいでしょ」

ああ…

母は、またこうやって、娘やその子どもの晴れの日を、曇りなき日にはしてくれないんだ。

そしてもうひとつ。

写真で残らなければいいんだって、外面さえ保てたら十分だって考えるんだ。

どうせこの日限りなんだから、いいじゃない汚れていても、そう思っているんだ。

同じように思いなさいと、娘に押し付けるんだ。

*****

私が自分で選んだものが中古の傷物だとしたら、それは納得の上です。

しかしながら
「お母さんに任せなさい」とばかりにもたらされたものが、事前の予告なしで傷物だったとき。

ましてや、我が子の晴れの日の、晴れ着だったとき。

私はどうしても、母の神経が理解できないんです。

人様に同じことをするかといえば、絶対しません。

我が子だから別にこのくらい良いや、母がそう思っているのが嫌でも分かるので、辛いんです。

****

今度の七五三は、母には何も借りません。

いえ、もう、七五三には、呼びません。

これ以上、七五三を哀しいイベントにしたくないんです。

****

「せっかくお母さんが、いろいろやってくれているのに」と非難されたとしても、気にしません。

「せっかくやってあげているのに」という恩着せがましさをたてに、傷物を黙って平気で差し出すその神経が、私には耐えられませんので。

傷物を寄越されるくらいなら、なにもしないでいてくれた方が百倍ましですから。

(完)
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by cocue-cocue | 2013-07-13 01:00 | 親への違和感 | Comments(0)


3話完結)母の着物、と母、の思い出

母はお茶やお花を習っていたこともあり、着物をたくさん持っていました。

お嫁入りのときは、桐だんす一杯に詰め込んで。
そんな母の和装を見たのは、冠婚葬祭、私の入学式以外、記憶にはありません。

*****

「お母さんの着物、全部タンスごとあげるからね


母はよく、口にしたものでした。
それで私は、いつか着物が必要なら、母のを借りれば良い、そう思っていました。

*****

いつからでしょう。
母がいい始めたのは。

「お母さんの着物、時代も違うし、あなたとは体型も違うから、もう着ることないでしょ」

私は実際に、母の着物を見たわけではありませんから、なんとも言えません。

でも、あれだけ譲るって言っていたのに、それを拒み出したのはなぜ?
疑問は残ります。

****

現実問題として、着物を譲られても、手入れが行き届く自信はありません。
結果的に、それは悪くない成り行きではあります。

しかしながら、いざ娘に譲るというときに、それをしないということは、母はどんなことばを重ねようと、私に譲りたくはないんだ、と思うのです。

****

着物だけでは、ありませんでした。

ダイヤモンドも、パールも、エメラルドも。

「全部、あなたのものよ」と、確かに何度も聞かされました。

何一つ、私の手元には来ていません。

きっと、生前には来ないでしょう。

****

他のお母様は、わかりません。
私の母の娘への本音、それは、絶対に譲るもんか!!なんでしょうね。

第二話へ続く


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by cocue-cocue | 2013-07-10 01:00 | 親への違和感 | Comments(4)


こんなこと?ですが、傷ついたのでした~親のことば

かつての出来事を、ぼやきがわりにメモします。

ガン絶賛再発中の父(70代後半)が、私のところに滞在していた母に電話してきました。

「スーパーにいったら、子供服の安売りをしていた」「何か買うわ」と。

母は「要らない、要らない。好みもあるから、買わなくていい」と回答したのでした。

*****

だから何?と思われる方のほうが、多いかもしれません。

しかし私は、父の言葉で、とても傷付いたんです。

****

なぜだと思われますか?

「安売りだから、子どもに服を買おう、と思う」その貧乏根性。

「安売りの服で充分だ、と私のこどものことを見なしている」その薄情さ。
(ミキハウスの顧客の大きな位置をしめるのは、孫に買う祖父母だと、社長がインタビューで語っていました)。

昔から、私がほしいものは買ってくれず、こちらのほうが安いとか割引があるとか、量が多いといって、欲しくないものを得意気に買い与えた父。

自分のものをどう選ぼうと、私には関係ありませんが、子どもまでそのケチさを押し付けないでほしい。

まあ、解らないまま、でしょう。

静かに距離をおいて、関わりを絶つのみ、です。


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by cocue-cocue | 2013-07-06 19:05 | 親への違和感 | Comments(2)


子育てミステリー) 続・食事の時間は楽しく、なのか?

(今回のエントリは食事がテーマではありますが、お食事中の方には不適切な描写が含まれます。あらかじめご注意ください)

前回からの続きです。


物心ついた頃から、勤め人だったにもかかわらず、父は毎日、自宅で夕食をとっていました。

食が細く、食べるスピードが遅かった私は、学校の給食も、自宅での食事も、決して楽しいものではありませんでした。

父の口から垂れ流される、職場の愚痴、下品な話題。
汁物も飲み物も、ズズズズっと汚い音を立てずには飲めない父。

口の中からはくっちゃくっちゃ音がするばかりか、例えばミカンを食べたら、薄皮を口からペッと吐き出すなど、虫酸が走ります。

指摘すると逆ギレ。
早食いと大食いを是とし、しかしながら良いものの味はわからないので、母の手料理が並んでいるのに、食事中にいかり豆やらスルメやら、わけのわからないツマミを「間食」する父。

普通の家のお父さんは、仕事が忙しくて夕食を自宅でとれないとか。

鍋のときはお父さんが仕切ってくれるとか(鍋奉行?)。

そんな話は大きくなるまで知りませんでした。

*****

十代の頃には、下品なちちの食事マナーを私が指摘しすぎるという理由で、我が家の夕食は二部制(父が去ってから、母と二人でゆっくり夕食)を採用していました。

そうしないと、せっかちで定刻に食事を始めないとイライラしだす父のせいで、母は給仕に必死となり、一緒に食卓につけないのです。

私はこれがとても嫌で、作ってくれたおかあさんを待たずに「我先にとさっさと食い始める親父」に、幾度となく「みんな揃って、いただきますがしたい」と訴えたことか。
そして、いただきますの一言もなく食い始める親父を見て「どうか、私の本物のお父さんは、どこか別の場所にいますように」と祈ったことか。

*****

残すなとか、食事を食べきれないならデザートはなしだとか、ジュースは禁止とか。

実家の食卓には、きまりごとがたくさんありました。

今挙げたものは、父が繰り返していたことです。
(母のきまりごとは別次元でしたので、回を改めます)

自分はシチューなどの洋食を「もひとつや(関西弁)」と箸もつけず、母には父向けの食事まで別途作らせ。

そこまで作らせた母の料理を脇に、それこそ「食事中に間食」する無神経さ。

これを「身勝手」と言わずして、なんというのでしょう。

*****

残念ながら私は、父親のせいで、食事時間を楽しく過ごすこととは無縁でした。

学んだのは、食事中に他人に不快感を与えないことの重要性で、我が家の幼児にはつい、姿勢やら器の扱いなど、そうです文字通り「箸のあげおろし」に口やかましくなっています。

我が子はきっと、普段の家庭の食事時間は、楽しくなんかないんだろうな、と感じます。
同じ年頃の子どもをもつお母さんが、楽しさに重きを置いているならなおのこと、です。

*****

食事時間を楽しく過ごしたいので、とおっしゃる方々が育ったおうちの食卓風景、ぜひ知りたいです。

私のような経験をして、懲りたから、という方もおられるのでしょうか?


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by cocue-cocue | 2013-06-21 13:10 | 子育てミステリー | Comments(0)


我が子の母であることを忘れず

子供の頃の習い事で、母は世話役の一人をつとめていました。
発表会の準備も、母が中心になって進めていました。

教室のみんなのことをやってくれている、私のお母さん。
自慢に思うことなんかない…といったら、嘘になります。

でも、母が手掛ける、私個人のための発表会準備はいつも、一番最初と、本番ギリギリだけなのです。

まずは娘の分を試作。雛型を作り、調整を重ね、作るべきものを確定する。
材料を手配し、分配。
手分けして作っていき…
ほとんど全員のものを完成させてもまだ、私の準備は途中で止まったまま。

見兼ねた他のお母さんが、時間切れになる前にと、代わりにやってくださることもありました。

*****

一人娘の私が、なぜ「私のことはいつも後回し」とか「ないがしろにされた」と感じていたのか、急にひらめいたのです。

お母さんはみんなの役に立っていて、私の誇りでもあるけれど、そのために私は後回しにされ、我慢させられて、本当は寂しかったのです。

「自分のことは後回し」それは、母の価値観でした。

多くの日本の主婦は、そう考えているでしょう。

私の母の場合は、自分だけでなく、自分の娘を後回しにすることにもなんの疑問も感じていなかったのです。
母子分離ができていなかったからでしょうか。

*****

第二子と出掛けた児童館にて。

二人の子供連れで、幼い方の赤ちゃんの世話に一生懸命になっているお母さんたちの、年上のお子さんたちが寂しそうにしている姿がツラくて、私は一生懸命、彼らの遊び相手になってしまいました。

我が子の相手もしながら、ではありましたが…
果たして第二子は、満足したのでしょうか?

*****

せっかくママと遊びにきたはずが、気が付いたら見知らぬお兄ちゃんたちがママのそばにいて、しゃべったり遊んだりしながらになってしまって。

ママは「いくら年上だからと、幼い子達を放っておくなんて、かわいそう
で気の毒」と、そんなお兄ちゃんたちの相手をして、善行に酔いしれていい気分かもしれないけれど…

これじゃあ、実母と同じ轍を踏んでしまっています。

我が子そっちのけ、は彼らのお母さんたちも私も同じかもしれません。

しかし、もう一人の我が子にかまけているのと、他のお子さんを構っているのと、どちらがましかといえば…答えは明らかです。

まずは自分と、その家族に愛を注いでから。

うっかり忘れかけていたのを、幼い頃の私が、思い出させてくれました。

ごめんね、我が子よ。許してね。
愛しているからね。
ありがとう。





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by cocue-cocue | 2013-05-16 14:35 | こころと思い | Comments(0)

    

出して、取り入れて。ものや知恵と出会い、手放す毎日。
by cocue-cocue
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