日々是呼吸


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あんなに好きだったのに~ 野球から遠ざかって

今度、久しぶりに野球を見に行くことになりました。


チケットがとれて、確認したら一塁側の座席とのこと。

夫に「これは、ホームグラウンド側?」と問われ、全く答えられなかったのでした。

*****

野球をご存じない方なら、そんなものかな、と思われるかもしれません。

しかしながら、私はかつて○○キチと言われるほどの、某球団の熱狂的なファンだったのです。

自宅から二番目に近い球場を拠点とするプロ野球の球団にはまって、毎晩のナイトゲームはラジオで生中継を聞き、

お気に入りの選手の記事を求めて、週刊ベースボールマガジンやら月刊○○○○スを立ち読みしたり買ったり、

女子中学生にしてスポーツ新聞にも手を出していました。

公式戦では物足りず、ファームと呼ばれる二軍の試合にも足を運びました。
試合中の選手と、会話できるような、のどかなものでした。

そうです、当時は、学校さえなければ、朝から晩まで、野球を追いかけていたい、とまで思っていました。

それなのに。

*****

身近なところにプロ野球の拠点があるというのに、一塁側と三塁側の、どっちがどうかもわからなくなってしまった私。

どこで何を、置き忘れてきてしまったのだろう。

かつての熱狂がよみがえるか?
久々の観戦は、一ヶ月後です。


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by cocue-cocue | 2013-05-28 15:00 | こころと思い | Comments(0)


幸福になれない考え方 ~両親の思考をふりかえる

少し、ご無沙汰していました。
インターネット上で、いろんな学びの機会が得られ、今通っている子育て講座の面談で先生がおっしゃっている言葉が、さらに強化されています。

そんな中で、2つの気づきがあります。

「私の両親は、幸福を実感できるものの考え方をしない人々である」

「父が母と結婚できた理由。母が自らを安売りしていたから」

二番目は今、降ってきたメッセージなので、まずは一番目から。

*****

幸福って何?と考え始めると、哲学者ならそれだけで一生を費やしても足りないくらい、大きなテーマであることに違いない、そう感じます。

私の両親は、現象として幸福かどうか、また客観的に見てどうかは別にして、おそらく「しあわせ」を実感した経験に乏しいんだろうな、と思い至りました。

何度か書いてきましたが、父の口癖は「沽券に関わる」「一円でも安く」、他人を批判するときは「ド厚かましい奴」でした。

母の口癖は、「水のような人生を(入れ物のかたちに応じて、自らを変容させよ)」「お母さんが我慢すればうまくいく」で、娘の私には「奥歯をくいしばって、我慢しなさい」「あなたは、辛抱が足りない」「ありがたいと思いなさい」と、頻繁にいっていました。

「上を見たらきりがないけれど、下も見なさい」なんてのもありました。

(こうやって文字にすると、ずいぶんひどい言いぐさですよね。高望みするな、と言いたいのでしょうが。そういえば「身の程」という言葉も大好きでしたね)

これ以上、多くを語る必要なんて、ないでしょう。

世間を脅え、恐がり、鎧を身に付け、人に怒鳴り散らしたりものを投げたりする父。

(余談ですが、我が家では殴る蹴るの暴行はありませんでしたので、暴力とは無縁だと思っていました。実は「ものを投げる」は、立派な暴力行為なんですね…知りませんでした。親がよくやったいたことですもの、そんなものかと思っていました)

とにかく我慢が信条で…その手の人物にありがちな「自分がこんなに我慢しているのに、あなたも我慢すべき」または「我慢しない人が許せない、我慢ならない」という、当人はつつましいつもりが、実はとんでもなくごう慢だったりする、そんな母。

我ながら、ずいぶん抑圧されて育ったものだと、呆れ返るほどです。

面談で言われた言葉があります。

「やってはいけない行為はあるが、思ってはいけないことはない」

それは私がいかに「そんな風に思ってはいけない」という思いにとらわれていたか、の証だったのでしょう。

*****

今の私には、何とかしたいと思うことが生活面でいくつかあります。

そこから目を背けるわけではありませんが、その一方で間違いなく感じていることがあります。

子供たちがいてくれて、ありがたい、うれしい、と感じる瞬間がたくさんあること。

完ぺきからはほど遠いんですが、力になってくれている夫。

どんなに家が散らかって足の踏み場がなかろうが、この人々がいてくれることで、うれしいんです。

そして私の親は、こんな気持ちにはならずにきたんだろうな…
このままなら、一生味わうこともないんだろうな…

そんなことに気がついたのでした。



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by cocue-cocue | 2013-05-21 23:45 | 親への違和感 | Comments(2)


我が子の母であることを忘れず

子供の頃の習い事で、母は世話役の一人をつとめていました。
発表会の準備も、母が中心になって進めていました。

教室のみんなのことをやってくれている、私のお母さん。
自慢に思うことなんかない…といったら、嘘になります。

でも、母が手掛ける、私個人のための発表会準備はいつも、一番最初と、本番ギリギリだけなのです。

まずは娘の分を試作。雛型を作り、調整を重ね、作るべきものを確定する。
材料を手配し、分配。
手分けして作っていき…
ほとんど全員のものを完成させてもまだ、私の準備は途中で止まったまま。

見兼ねた他のお母さんが、時間切れになる前にと、代わりにやってくださることもありました。

*****

一人娘の私が、なぜ「私のことはいつも後回し」とか「ないがしろにされた」と感じていたのか、急にひらめいたのです。

お母さんはみんなの役に立っていて、私の誇りでもあるけれど、そのために私は後回しにされ、我慢させられて、本当は寂しかったのです。

「自分のことは後回し」それは、母の価値観でした。

多くの日本の主婦は、そう考えているでしょう。

私の母の場合は、自分だけでなく、自分の娘を後回しにすることにもなんの疑問も感じていなかったのです。
母子分離ができていなかったからでしょうか。

*****

第二子と出掛けた児童館にて。

二人の子供連れで、幼い方の赤ちゃんの世話に一生懸命になっているお母さんたちの、年上のお子さんたちが寂しそうにしている姿がツラくて、私は一生懸命、彼らの遊び相手になってしまいました。

我が子の相手もしながら、ではありましたが…
果たして第二子は、満足したのでしょうか?

*****

せっかくママと遊びにきたはずが、気が付いたら見知らぬお兄ちゃんたちがママのそばにいて、しゃべったり遊んだりしながらになってしまって。

ママは「いくら年上だからと、幼い子達を放っておくなんて、かわいそう
で気の毒」と、そんなお兄ちゃんたちの相手をして、善行に酔いしれていい気分かもしれないけれど…

これじゃあ、実母と同じ轍を踏んでしまっています。

我が子そっちのけ、は彼らのお母さんたちも私も同じかもしれません。

しかし、もう一人の我が子にかまけているのと、他のお子さんを構っているのと、どちらがましかといえば…答えは明らかです。

まずは自分と、その家族に愛を注いでから。

うっかり忘れかけていたのを、幼い頃の私が、思い出させてくれました。

ごめんね、我が子よ。許してね。
愛しているからね。
ありがとう。





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by cocue-cocue | 2013-05-16 14:35 | こころと思い | Comments(0)


憐れみを誘おうとするなんて、ぶざまだわ♪

十代の頃…それこそ硝子のような年頃でしたでしょうか。

自ら志願したとはいえ、見知らぬ世界に飛び込んで、どっぷり孤独な気持ちを味わっていた時期がありました。

何だか大変だなあ、ツラいなあ、そんなことばかり感じていたであろう私。
そのうち、当時の私はおそらく、こんなことまで思っていたような気がするのです。

「私はこんなに大変な思いをして、気の毒なんだから、どうしたの?って声をかけてもらったり、やさしくしてもらえる権利があるのではないか」

実態は、と言いますと。

何だか辛気くさい、冴えない表情の人に手を差しのべてくれる人なんて誰一人おらず、構ってくるのは変なひと…

そばでは、なんの悩みもなさそうに能天気にケラケラ笑っている人が、いろんなひとに声をかけられて、仲間を増やして…

それこそ「仲間にはいれずにいるひとには、声をかけて、誘ってあげましょう」と親からも先生からも?習ってきた私には、きっついなあ…という日々でした。

すねていた私の出していたオーラは、当然ろくなものを引き寄せなかったのです。

*****

私はそのとき、不覚にも自覚がありませんでした。

このやり方しか、私は知らなかった、ということ。

知らないひとから声をかけてもらうことを、ひたすら一方的に待っていた。

自分に気付いてもらうためには、自分はあわれな状態でなくてはいけないと感じていた。

まるで、雨の日にずぶ濡れになって泣いている、弱った捨て猫のように。

誰かに拾われて、暖かい部屋に連れていってもらって、ふかふかのタオルで拭いてもらい、ミルクを出してもらうことを夢見ていたのです。

*****

自分は、あわれな人を見棄ててはいけないと思って、我慢して耐えていたのに。

自分が惨めな立場になったときは孤立無援。
割りがあわないじゃないか…

いったい誰に、私はこの言葉を投げ掛けたかったのでしょうか?

*****

今の私からみると、あきれるほかはないのですが、私は自分の父親から、とんでもない処世術を学んでしまっていたのでした。

自分が逃れられない、父親の立ち居ふるまいなら、他のひとも逃れられないに違いない。
その誤った認識に、なんの疑いを持たなかったから、あの頃の私は、惨めさアピールに真面目に取り組んでいたのです。

*****

いろんなキーワードがありますが、父親とその一族から不覚にも受け取ってしまったこと、それはまさに「卑屈さ」と言えるでしょう。

三年前に病気になった父親は以来ずっと、「死ぬ死ぬ詐欺」よろしく、母を相手に脅迫しています。

いかに辛いか、痛いか、苦しいか。

自分はもう長生きできへん…
そのころは自分はもう、おらんかもしれん。

字面にすれば、不治の病に悩むひとの心情の吐露ですが…
朝から晩まで、唯一の同居相手である母に、繰りごとのように呟き続ける父親。

かつての自分を見てしまうから、だけではありません。
世の人がなんと言おうと、私は聞く耳を持ちたくありません。

いえ、そんなことは、わざわざ書かなくても大丈夫なのです。

なぜなら、父親は私には絶対に同情を買うまねはしないからです。
私がもう、そんなことに乗ってこないこと、分かっているんですね。



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by cocue-cocue | 2013-05-11 15:30 | こころと思い | Comments(0)


ビバ! 細切れ

家族の生活リズムが変わって、1ヶ月が過ぎました。
細かい家事の工夫やら、時間の区切りやら、直面することが増えたなかで、一言で言うならばこれかな、と身にしみているのは、細かく刻むこと、です。

みじん切り?

いえいえ、どちらかと言えば「細切れ」の方が、実感に近いです。

*****

実はこの事、社会人一年生の時に、気が付いていました。

どんなに大きな仕事をすると言っても、日々向かい合うのは、実は単純な作業。
積み重なっていくとこで、実を結ぶ。

そんな地道さに、若いころに気づかせてもらえたのは、勤め先が若い人もどんどん現場に出させて、先輩と同じようなアウトプットを求める方針を徹底していたからです。

改めて、太っ腹な?職場に感謝です。

*****

会社と家庭、仕事と家事全般では、異なることもたくさんありますが、生活スタイルの変化で、「細切れ」について、さらに踏み込んだ発見がありました。

細かく分けた、いろんなことは、ランダムな時間軸で計画し、実行して良いのですね。

*****

恩師の一人の言葉も、よみがえってきました。

学生のレポートの採点は、すき間時間に、少しずつ進めていくんだと、おっしゃっていました。

結婚前に働いていた私の母は、その恩師のやり方には批判的でした。

母が何かに取り組むときはいつも、「まとまった時間が必要」と言っていました。
ほとんどの場合それは、父や私の寝静まった後の真夜中でした。

母がちょっとした時間に何かをするとしたら、病院の待合室でエッセイを読むこと、くらいでしょうか。

これもまた「長い小説だと、まとまった時間がないと読めないから」が理由で、エッセイなら一話完結だから、時間の読めない待ち時間にぴったりなんだそうです。

*****

いつも「忙しい」を繰り返す母は、すき間時間の使い方が下手なんだと、今ではわかります。

空間の「すき間」であれば、めざとく見つけて、すぐにものを詰め込むのに。
それこそ、冬物スーツとラベルを張った衣装ケースが半分空いていたなら、そこに夏のワンピースとスカートを収納することになんの疑問も持たず、むしろ「収納上手」と自負しているくらいなのです。

*****

夕方になってあたふたと「お米、洗ってへん。何合炊こう?」
ご飯か炊き上がったら「今日のおかず、何にしよう?」

そんな母に違和感を持つ今の私は、お米を計るだけ、洗うだけ、タイマーをセットするだけ~という具合に、作業は細切れにします。
続けてやってもよし。時間があいてもよし。

まとめてする時間がないから後回し、なんてやっていると、ギリギリになってばたつくはめになります。

だから私は、細切れバンザイ。
分けておけば、どこかにはめこむことができますから。

*5月18日追記

記事を訂正、更新しました。
無関係な文章がなぜか挿入されていたようです。
お詫び申し上げます。



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by cocue-cocue | 2013-05-10 18:15 | こころと思い | Comments(0)


「べき」抜きゲームに挑戦中

密かに始めた、ゲームがあります。
「べき」とか「当然」「常識」「決まっている」という言葉を使わないで話すことです。

子供に社会のルールやマナーを教えるにあたり(社会のルールについては、機会を改めてアップしたいです)、子供からなぜ?と問われたとき。

便利な言葉で済ませずに、丁寧に説いてみたい、そんな気持ちから、始めてみました。

*****

私の両親は、それぞれ異なる理由から、「べき」で一人娘の私をしつけてきました。

父は尊大型アスペルガーならではの誤学習の結果、つまり思い込みと独りよがりな決めつけを、絶対的な事実であると押し付けてきました。

母は、というと、十数代続いた由緒ある生家の決まりごとを、量としてはほんの一部だけではありますが、徹底的な姿勢だけは変えずに、我が家のルールとして厳然たるものにしました。

*****

そんな家庭に育つと、自分の行動のすべての理由や動機が「そのようにすべきものだから」であるかのように感じながら育ちます。

「そういうもの」というレベルにとどまれば、多少は楽だったでしょうが「こうあるべき」が標準になると、息苦しいです。

しかも、父経由で教え込まれたものが、ことごとく社会一般のルールからずれていたため、「こうあるべきなのに、なぜ受け入れられない?」という憤りに近い不満を抱えて過ごさなくてはなりませんでした。

*****

どこで読んだのか、うっかり失念しましたが…

「~べき」という文章で思い浮かんだり口にしたりする内容は、他人の受け売り、または他人から洗脳されたものなので、本心ではないはず、という見方に触れました。

本当に望むことであるから「~したい」「~してみよう」になるはずであるから、という説明だったように記憶しています。

私の信じこまされていた「べき」を、このまま次世代に無意識のまま刷り込んでしまっては大変だ!!

以来、「べき」問題は私のなかで大きな意味をもち始めました。

*****

冒頭のゲーム、なかなか興味深いです。

「~しておかなくちゃ」とか、「~しないとダメでしょ」のような、グレーゾーンの言葉も含めて、大人たちはなんと安易に、これらの「べき」ワードに頼って、子供をしつけようとしていることか。

思考停止ともいえそうな、この安直な言い回しを気にかけるだけで、そんなことが見えてきました。

これも私の思い込みのひとつに過ぎないかもしれませんが…

「べき」論者でいくと決めると、行動の指針や善悪の判断は容易になるでしょうが、べきから外れるあれこれを見聞きするたびにイライラして、疲れそうです。

「べき」から離れてみると、がんじがらめになっている人を客観視できて、相対的に判断できる余地が生まれるので、気楽かなあと。

もちろん、世の中には自分で選ぶよりは横並びでいきたい方も少なくないでしょうから、「べき」なし生活は一見、大変そうに見えるかもしれませんね。



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by cocue-cocue | 2013-05-08 00:30 | こころと思い | Comments(0)


子供の大事なもの、大人に大事に扱って欲しい

かつてはよくお邪魔していたManamiさんのブログ(サイドバーのお気に入りにありましたが、現在解除済みです)のエントリで、思い出したことがあります。

まだ幼かった頃、お土産で北海道六花亭のホワイトチョコレートをいただきました。

私はホワイトチョコレートが大好きでした。
通販が普及した今ならまだしも、当時は簡単には手に入らない貴重なもので、いただいたときは大喜び。

毎日、ひとかけずつ、大事に食べていました。

ある日、最後のひとかけを食べようと、お菓子をしまうかごに手を伸ばしました。

ない!!
ホワイトチョコレートが見付からない!!

探しても、ふきのとうの絵が描かれた、白い包み紙ごと消えています。

どうして?

夜になって、謎がとけました。

父親が食べてしまっていたのです。

「余っていたから、早く片付けないとあかんと思って」
父親は言い訳しました。

***

さすがに母も、これはまずいと判断したのでしょう。

六花亭のホワイトチョコレートは無理でも、せめてホワイトチョコレートを娘には与えなくては。

償いとして、父に買わせたのです。
神戸元町の輸入品のお店で、外国産のホワイトチョコレートを買ってもらった記憶があります。

*****

冒頭にご紹介したブログによると、Manamiさんは姪御さんのバッグをつい、捨ててしまったそうです。

もともと、子供の持ち物は、勝手に処分しないと決めておられる方です。

ご自身が買い与えたものの景品で、つい魔が差してしまった…とのこと。

僭越ながら、コメントさせていただきました。

姪御さんが直接「捨てたでしょ」と問い詰めない限り、真犯人であるとカミングアウトしないほうが良いのでは、という私見ですが。

私の経験をふりかえると、大事にしていたホワイトチョコレートを、しかも最後のひとかけを食べられたことも悲しかったですが、それよりも辛かったのは「大の大人の父親に」やられたこと、だったのです。

自分が親から、軽く扱われたこと。
自分の親が、娘の大事なものを簡単に盗み食いするような、人でなしであると見せつけられたこと。

今もまだ、「やっぱり親父は…」と感じることが多々あります。

バッグでもチョコレートでも、大きくなれば、自分で買うのは難しくありません。
でも、おばちゃまやら父親から、捨てられた…という現象を取り消すのは、不可能なんです。
そのとき幼い心に刻まれた思いは、そう簡単には埋め合わせはできません。

*****

「女子供」という言葉が日本語にあるように、成人男子以外は軽く見られる土壌が日本にはあるような気がします。

子供だって、子供なりに大事なものがある。
それは大人の大事なものと同等、いやそれ以上に、尊重してほしい…
みんな昔は、幼子だったわけですから、簡単に忘れて欲しくない、そんな風につい切望してしまうのです。


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by cocue-cocue | 2013-05-05 23:30 | こころと思い | Comments(2)


でも、だって、どうせ~わからないままの本心


母が近く、目の手術を受けます。
術後は視力が変わるので、眼鏡を新調するとのこと。
若い頃から、両眼の視力差が大きいのが悩みだった、と昔から聞いていたので、専門的な検査を受けられるところを調べて、伝えてみました。

眼鏡を作り替えることになっているから、是非行ってみたいということで、母は喜んだのですが、こう言いました。

「でも、電話かける時間がないのよね。連休明けには入院だから」

そうだよね、母はいつもこうだったんだよなあ~
なあんて、変わらない母を久々に確認したのでした。

*****

電話をかけて、検査のことが知りたいっていうだけで、どれだけ時間がかかるの

例えば、今申し込んだら、最短でいつの検査が受けられるか、だけでも聞いてみたら。

それなら、15分も20分も、ましてや1時間もかからないでしょう?

*****

「でも、手術後すぐに、眼鏡が作れるわけではないから。しばらくして、視力が安定してからでないといけないの。今聞いても仕方ない」

いろいろ、提案はしました。

「だったら、これから手術を受けるので、眼鏡が作れるのは少し先ですが、という話をしたうえで、もし申し込むとしたら、いつ頃どうすれば良いのか、前もって質問しておけば良いんじゃないの?」

「申し込んですぐに受けられるかどうかも、分からないよ。混んでいるかもしれないし」

「質問したからって、検査を受けると決めなくても良いんだから。申し込みして、やっぱりやめるならキャンセルも変更もできると思うよ」

私は知っています。
来週の連休明けまでに、母は決して、問い合わせなどしないということを。

*****

母は検査を受けるつもりなど、さらさらないのかもしれません。

関西人なので(?)、断るときにハッキリと「私は興味ない」とか「都合が悪いからいかない」などと言えないだけかも知れません。

これまで娘には、あれやこれやと非道な言葉を投げかけてきているわけですから(- -;)、遠慮なんていらないはず。

しかし、こうやってぐずぐず言っているのでした。

*****

「でも」「だって」「どうせ」

母のせりふの前にくっついてくる、三大冒頭発言です。

よくこれだけ、次から次へとできない理由を挙げられるものだわ…
そう気がついたのは、私が実家を離れてからでした。

おそらく、それまでの私も、なんの疑問も持たず、でも、だって、どうせって、繰り返していたんだろうな。
今ならわかります。

*****

気が進まないことだけなら、良いのですが。
やりたいはずのことについても、母はこんな調子でした。

本当にやりたいと思っていたのに、実現できなかったのか。

やりたいと言っているのが楽しいだけで、取り組むつもりなど、さらさらなかったのか。

実はやりたいとすら思っていないのに、口先でやりたいと言っているだけなのか。

残念ながら、母に関して、本当のところを計りかねていたことに、気がつきました。

*****

親子間で鍛えられたからか、私は周りの人の言葉から、どこまで本気なのか、読み取れるようになりました。

ダイエット、旅行、習い事…その人がいくら言葉を重ねても、真剣に取り組もうとしているかどうか、下手すると本人よりも気が付いてしまうこともあります。

かんじんの親の本心は、さっぱりわからないままですが。

自分には、こう言い聞かせています。

「明日と『いつか』は、永遠に来ない」





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by cocue-cocue | 2013-05-03 00:15 | 親への違和感 | Comments(0)


我が子が指摘した、我が母の口ぐせ 続き

前回、母の「あらへん」とおろおろと探し回る姿とその理由をひとつ、あげました。

二つ目の「あらへん」は、うろうろ動き回るのとは、様子がちょっと異なります。

(その2)足るを知らない

このブログの初期、私がまだお片付けメインの断捨離に集中していた頃。

キッチンの引き出しから湧いてくるように見付かったのは、大量の乾燥こんにゃく、あらゆる形状の「麩」といった、母が持ち込んだ数々の品でした。

ブログでは紹介しませんでしたが、冷凍庫内のみならず、引き出しにまで常温しかも袋詰めで保存されていた大量の保冷剤も、特徴的と言えそうです。

戦中世代の悲しい性(さが)かな、物の欠乏がよほど堪えたのでしょう。
とにかく不足への恐れ、不安の強さは、もはや強迫観念とも呼べそうです。

取っておけそうなものだとみると、「うちにはまだ、十分にあらへん」とばかり、溜め込む、しまい込む、そして死蔵する~の繰り返しです。

そんなになくても良いでしょう?

素朴な疑問は、彼女には通用しません。

*高齢者の二人暮らしは、巨大な冷蔵庫が不可欠。
買ってきたものを食べきれないから、保存場所は大きくなくては。

(年老いて食べる量は減っていくはず。買う量を減らさないから、余る量が増えていくのでは?)

*洗濯用洗剤はダース買い。
必要なときに安く売っていないと、損するから嫌だ

(運動部の高校生がいるわけでもないのに、どれだけ洗濯するつもり?)

*いざというときのため、調味料は常にストックを納屋にスタンバイ

(そして常に期限切れを使っている両親~一回ストックをなしにしてみれば?)

阪神大震災で、使わずにとっておいた高級食器が木っ端微塵になり、形あるものにこだわることの空しさを身をもって味わった、はずなのに…

食器棚の上には意味不明な「要らないものの箱」を積み上げて(危ないってば)。
高いものは壊れたら惜しいからと100円ショップや景品の食器を重用して(壊れるまで使わずに放置しておいたことが惜しいんであって、壊れることだけに焦点を当てなくても)。

私には理解しずらいです。残念ながら、母は自分の行動は正しく合理的と信じて疑わず、疑問の余地もないようで、娘の感想にも耳は貸しません。



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by cocue-cocue | 2013-05-01 00:45 | 親への違和感 | Comments(0)

    

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