日々是呼吸


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続・箱大尽からの卒業

 前回、空き箱や未使用の段ボールを捨てられずにずっと取っておいた、という話を振り返りました。
 もう一つ、箱との接し方を変えてみた部分があります。
 それは…日頃使うものを、箱に入れようとしないことです。

 調理家電を例に取ると、
毎日使うオーブントースターや電子レンジは、ふつうに棚においているのに(これまでの私はその外箱は別途保管していましたが)、使用頻度がやや落ちるミキサーや電気式グリルあたりは、箱に入れたままキッチンのシンク下やら吊り戸棚に収納していました。
 「使うときに出せばいい」と思っていたのです。実家の場合は、この手の品は、勝手口をでたところ(戸外、軒下)にある物置にしまわれていたと記憶しています。

 でも…そうなると、使うことへのハードルが異様に高くなります。
 室内で収納している我が家であっても…
 踏み台を出して吊り戸棚から下ろす。
 箱のほこりをふき取って、開封する。
 どう言うわけか発泡スチロールの緩衝材を使って収納するのが当然だと思っていたので、それらを分解し、使用後に片づけるまでしまっておき、空き箱をどこかにおいて…

 気力と体力と時間があり、かつどうしても使わなくては!というときなら、仕方なく取り組みますが、ちょっと使ってみようといった時には絶対にしません。

 こうやって、後生大事にしまわれたまま日の目を見ず、死蔵品と化したものが、我が家にはどんなにたくさんあることやら。

 ましてや、屋外に収納している親の家の場合はどうなることかと…

 そもそも収納のスペースに対して持ち物が少なければ、箱に入れて積み重ねたり横向きにしたりしてまで保管する必要はなく、使うときの状態で棚に平置きできるのですね。

 キッチン片づけを経て、電気ケトルと電気グリルの活躍場面が増えました。

 思えば、外箱というのは本来、工場から出荷し、販売店の倉庫で保管し、場合によっては消費者の家庭に配送する、そのために最適なものとして作られているのですね。
 それを日々、出し入れする中で「ケース」として使うこと自体、無理があった気がします。

 調理家電に限らず、美容器具あたりも箱のまま引き出しやら棚にしまっていた私。
 なぜこんな風だったのか…意外なところに理由が見つかりました。次回に続きますね。

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by cocue-cocue | 2012-01-31 18:30 | 片付け・整理整頓 | Comments(4)


「箱大尽」を卒業

入れ物と名の付くものは、箱でも器でも袋でもレジ袋でも、穴があいたり壊れたりしない限り、手放すのに強い抵抗を感じていました。
それが実家の母の影響であったことは、何度も書いてきたとおりですが、ここへ来て「箱」から卒業しようと、日々心がけています。

今の住まいは持ち家ではないので、いずれ私たちはどこかへ転居しなくてはなりません。
そのために…たくさんとってありました。前回の引越しで、使わなかった新品の段ボール。使ったけれどサイズのそろっている段ボール。
「だって、次に必ず必要でしょ?」

家電や玩具、調理器具の入っていた箱を保管しておくのは当然のことでした。
「使わないとき、箱に入っていたほうが押入れにしまいやすいじゃない」

確かに扇風機のような、形がいびつ?なものは、箱で収納したほうが収まりがいいですよね。
実際、独身時代に母が買ってくれた扇風機というのは「コンパクト収納型」が特徴で、薄くて平べったい段ボールにすっぽり収まる!という触れ込みの商品でした。

出産前に家を片付けたいと思って、プロの方にお願いした際、一番最初にメスを入れられたのがこの「外箱」類でした。

「これって、とっておいて、何に使うんですか?」

圧縮収納が得意な実母(とその娘である私)ですから、つぶして平らにしたり、ロシア土産で有名なマトリョーシカ人形よろしく、入れ子にして保管するのは当然ですが、そうはいっても案外かさばるものなんですね。

「次の引越しに…って、ここにもう4年住んでいますが…」
「おもちゃをバザーに出したり、譲ったりするときに…」
「引越しの荷造りのとき、箱があるほうが便利かと思って…」

いつかは間違いなく来るタイミングかもしれませんが、いつになるか分からないときのために、貴重な空間・床面積を箱、しかも抜け殻状態のものでふさいでおくのは、ばかばかしいな、そう思ったのです。

とはいえ、絶対に捨てない!という親の元で育った私には、それこそ身の皮をはがされるくらいの思いではありました。

引越し屋さんの段ボール、ただじゃないしな…
おもちゃにぴったりサイズの箱、絶対手に入らないだろうし…

でも。
増える家族のためのスペースを作らなくてはなりません。
前に進むために、決心しました。
手放すぞ。

あれから時が流れて。

箱がなくなった分、部屋が若干寒くなったということを除き(本が断熱材になる、というのと同じ意味合いでしょうか??)、スペースは広がり、見た目もすっきりして、気分爽快です。

荷造りのときは、何とかなるでしょう。箱がない分、逆に中身だけをつめれば良いから、荷物の絶対量も減っているはずですし。

なぜあれほど強固に、箱は必須だと思っていたのか分からないくらい、あっけなく感じている今日この頃です。
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by cocue-cocue | 2012-01-29 16:30 | 片付け・整理整頓 | Comments(6)


脱・あてがいぶち

 就職を機に一人暮らしを始めた私に、親が家具をそろえてくれました。
 どうせ2、3年の腰掛けでしょ?と、半分願望に満ちて考えていたので、簡素なものが大半です。でも一応、家具屋で注文しました。
 親も私も気に入って選んだローチェストは現在、子供の服入れとして寝室で活躍しています。
 でも…本当は別のものが欲しかったのに、
「こっちがいい」と押し切られたダイニングテーブルは、というと、少し前まで納戸以外の何でもなかった和室で、単なる物置台としてしか機能していません。

 家具屋さんで隣に並んでいたダイニングセットが、本当は欲しかったのです。でもそちらのほうが高価で、サイズも大きくて。
 「どうせ狭い部屋なんだし」「そのうち買い換えるだろうから」といわれて、折り畳み式のテーブルにしてしまいました。

 結局そのテーブルは、買い換えられることもなく、私の独身時代から結婚後の夫の単身赴任先まで、実に10年以上、使われていたのでした。

 思えば私の実家は、肝心なところで間に合わせのもので済ませる傾向がありました。
 たとえば家を建てたとき。実家は玄関を入ってすぐ左側に、トイレがあります。いきなりトイレだなんて…
 なぜそうしたかというと、開けたばかりの新興住宅地でいち早く家を建てたため、「ほかの家を建てる大工さんたちがトイレを仮にくる機会が多く、家の奥まで通したくないから」という理由だそうです。
 これから数十年は住むつもりの家族の使い勝手ではなく、めさきせいぜい数年の、しかもよその方の一時的な利用のために、間取りまでそんな風に決めてしまったといいます。

 いろんなテーマのエントリーで書いてきたとおり、一人娘の私は、そんな両親の影響を色濃く受けて、そんなもんだと思ってこれまで生きてきました。

 でも、もう、いいんじゃないかな。最近強く感じるようになったのです。

 独立して、経済的に援助も受けずに、曲がりなりにも家族生活を営んでいて。親の価値観も、与えられた物品も、もう私の判断で手放してよいのでは。

 家具とか食器とか、調理器具とか、親が買い与えてくれたり、持ち込んだものの割合が大きい分野で、積極的に入れ替えていきたいと考えています。

 ようやく穴があいて使えなくなって、やれやれこれで処分できる、数が減った!と喜んでいたら「代わりの鍋を買ったわよ」と、断りもなく持ってきたり。
「いいフライパンを吟味したい」といっているのに「フライパンなんて、格安品を使い捨て感覚でどんどん交換する方がいいのよ、高いものなんてもったいないわ」と持論を展開、そのくせに格安フライパンがぼろぼろになってもしつこく使っていたり。

そんな母にNO!といえるようになるまで、時間もかかりました。言った後、後ろめたく感じたこともありました。
でも、私の家で使うものを、私の判断で選び、私のお金で買って、なにを遠慮することがある?と、この年になってようやく思えるようになったのです。


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by cocue-cocue | 2012-01-25 22:30 | 親への違和感 | Comments(3)


続) 食べ物、残しちゃだめ?

古くからの言い伝えだと思います。
「お米一粒には、88人の神様が宿っている」から、残してはいけませんよと。

大切な考えだと思います。作ってくださった農家の方、育ててくれたお天道様と大地。
取り入れてくれた方、運んで届けてくださった方など。
食べ物には本当に多くの方の手間隙と思いが、かかわっています。

お米に限らず、食べ物を大切にしましょう。何の異論もありません。
でも…だからといって、残してはいけないものなんでしょうか?

以前、新聞の投書欄で、こんなやり取りを見かけました。

投書その1

「外食したら、店員さんが下げたお皿の食べ残しをどさっとゴミ箱に捨てているのを見た。
全然お箸をつけていない皿の料理まで、捨てている。処分しないで済ませる方法はないものか。」

しばらくして掲載された、投書その2

「飲食店で働く者です。ご指摘、ごもっともですが、衛生的な問題もあり、私たちは捨てるように指導されています。
むしろ、召し上がる方にお願いしたいのですが。はじめから食べきれなさそう、と思うのであれば、『少なめに盛ってください』と言って頂くとか。もしくは、食べられる範囲での注文にしていただくとか」

===========

画一的なサービスが広がり、個別対応が難しい、そんな側面もあるでしょう。
お客さんに対して、大盤振る舞いを演出するため、たくさんの料理を出さなくては、そういう思いのお店もあるはずです。実際に、消費者がそういうサービスを求めている部分は皆無、とも言い切れない気がします。

しかしながら、本来、口に運ぶものを主体的に選ぶのは、ひとりひとりなのでは。

そのとき、出されたからといって、欲しくもないのに、胃袋に収める必要はあるのでしょうか?

学校給食でも「残すな」プレッシャーは今も強いと聞きます。
何でもかんでも、皿に盛り付けて、飽きたら残す、そんな姿勢は批判されるべきでしょう。
でも、体調や空腹具合、個人の胃袋サイズをかんがみず「残すな」というのは、暴力的かな、と思うのです。

なぜ私がここまで過敏になるかというと、
出されたものを残さず食べる!と胸を張って言い切る人たちの一部に、「自分は間違ったことはしていない、人に迷惑はかけていない」という強烈な自負の元、「残したりするやつはけしからん」という見下ろしの姿勢を感じるからなのですね。

本来は「後ろめたさを感じることなく、残しても捨てても当然だと思って、食べ物に接するな」であるべきではないかしら?

つまり「食べるときに感謝の心を忘れずに、いただく」を原点に、「自分にあった量を心がけて、節度を持って食べる」ようにして、万が一「残さなくてはならなくなったときは、申し訳ないという思いを忘れずに」でいいんじゃないかな、と思うのですが。

=========

前回もご紹介した、生活習慣病の専門医いわく、患者の多くはいわゆる「高齢者」世代で、食べ物を残してはいけないという価値観に縛られているといいます。
今の日本人は、栄養過多気味であり、かつ年齢とともに必要な栄養摂取量は減っていくものであるにもかかわらず。
昭和40年代ごろに壮年だった彼らは「食べて栄養をつける」という発想も強かったようです。

「でも、子供を一人生むごとに、体重が10キロ増えました、なんてこと自体が、本来おかしいんだよね。その人たちが今、糖尿病やらいろんな病気で、苦しんでいるんだよ」

ものを大事にする・粗末にするという視点のみならず、生活者ひとりひとりの健康というかけがえのないものを考えたとき、果たして本当に「残すな」は正しいのでしょうか?


断捨離のカテゴリにはふさわしくない、と思われるかもしれませんが、体に取り入れ、体を使うものとしての食べ物を考えることで、身の回りの持ち物と生活空間、そして所有者であるひとりひとりの関係を解き明かせるかな、と思って、あえて批判を承知でコメントしてみました。


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by cocue-cocue | 2012-01-22 12:30 | こころと思い | Comments(10)


日記帳にさよなら

前から捨てよう、捨てようと思いつつ、処理方法に悩んで手をつけられなかったもの。
就職して以来、なんとなくつけていた日記帳の山でした。

初めての一人暮らしで、自分の思いを吐露したかったのかもしれません。
帰宅後、週末、飲み物片手に、ノートに向かう時間は私にとってとても快適なものでした。

いろんな出来事があると、山のように記録して。
面白いことがないなあ、と思うと、あれこれ思いをつづって。
そうでないときは、重いトーンの文章が、ずらずら並んでいたように記憶しています。

もう一年以上前になりますが、あるお片づけの達人の方に、我が家の整理整頓を依頼しました。
リビングの片隅に、ガムテープで封をした段ボール箱に、日記帳は詰め込まれていました。
引越しのたびに、あけられることもなく付いてきていたのです。

日記帳が入っていると分かった瞬間、私は「見ないで捨てる」と迷わず決意。ごみだししました。

ところが…手伝いに来ていた実家の母が、マンションの管理人さんに掛け合って、箱ごと取り戻してしまったのです。
「こういうものは大事な記録なんだから、取っておかないと」

私は公式には知らないことになっていますが、母がかつて、私の一人暮らしの住まいで家捜しをして、日記帳を読み漁り、勝手に人に会いに行ったりしていたことは、苦い思い出となっています。
もともと、娘を自分の管理下におきたいタイプで、「隠し事なんて、みんなお見通しよ」と繰り返し言ってのけることで、一人娘である私にプレッシャーを与えるのは常套手段でした。

そんな無防備な日記をつけていた私も私なのですが…
正直なところ、いまさら読み返す気にもならない代物でした。

*****
以下、病気にまつわる描写が出てきます。
お好みでない方は、どうかお読みにならず、スルーなさってください。

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by cocue-cocue | 2012-01-21 13:30 | 片付け・整理整頓 | Comments(6)


食べ物、残しちゃだめ?

 幼い頃から、出された食べ物を残してはいけない、そういわれて育ちました。

 食が細く、食べるのも遅かった私。食事にはとても時間がかかり、決して楽しい時間ではありませんでした。
 ご多分に漏れずやせっぽちで、「太っていることは健康のあかし」と信じていたらしい父(デブ)も心配し、病院に連れていかれたこともあったようです。

 そんな私の体重がピークだったのは、縁あって欧州に長期滞在したときでした。
 肉や乳製品をたくさん摂り、野菜はほんのわずか。甘いものも日常的に食べます。そしてなにより、量が多いのです。
 当然です。平均的な日本女性よりは大きめだった私よりも、現地の人の平均的な体格は上だったのですから。

 出されたものは残してはいけない。

 その言葉が、私をしばっていました。
 幸いにして好き嫌いはなく、新しい食べ物に好奇心を持って臨むことができました。
 勧められるがままに口にして。もういらない、と思っても、遠慮していると受け止められて。パンに塗るバターの量からして、違います。
 「そんな薄く塗っていたら、味がしないでしょ?たっぷりつけなさい」

 体重はどんどん増えました。異国の地で健康を維持しなくては、そう思って、一生懸命食べました。

 今ならわかります。バカだよね~って。

 欧米に長期滞在した日本人の多くは、体重を増やしてしまいがちです。特に私のように、現地家庭に滞在すると、その割合は上がるはずです。

 帰国してずいぶんしてから、ある方のコラムをみました。
 「外国生活で太る、というのは、本人が悪い。自分に必要な食べ物の量を把握していないからだ」

 がーんと頭を殴られた気分でした。
 私が太ったのは、あの国の食生活が高脂肪・高カロリー・野菜が少なかったから、そう思っていたのは、いいわけだったのではないかと。

 どこへ行こうと、なにを食べようと、自分の体が欲するだけ、選ぶこと。
 「残しちゃいけません」の教えは、そんな判断力を養う機会を奪っていたのではないか、そう思い始めました。

 生活習慣病の専門医はこう語っていました。
 「外食でも何でも、残さない、そう決めるのは健康に良くない。それは、食べ物の提供主に、あなたの健康をゆだねていることにほかならない」

 体格も体調も千差万別なのに、多くの飲食店では限られた種類の選択肢しかありません。それをコントロールするのは、食べる側なのでは。

 食べ物をやみくもに残してもいいとは決して思いません。ただ、一口たりとも、絶対に残してはだめ、という考え方は、実は正しくないんじゃないかな・・・

 では、どうすればよいのかしら。次回に続きます。

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by cocue-cocue | 2012-01-21 12:30 | こころと思い | Comments(2)


モニターのお知らせ

ERGObaby(エルゴベビー)ベビーキャリアモニター20名様募集!

ご案内

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by cocue-cocue | 2012-01-19 19:00 | 秘密のマタニティ | Comments(0)


物忘れ?忘れ物?

デパートも駅ビルも、いたるところでセールやバーゲンの赤札がはためいています。
そんな冬の街を歩きながら、ふと思ったこと。

「これまでの私って、お店で商品を見ているとき、家にある持ち物の存在を、すっかり忘れていたんじゃないかしら?」

いわゆる「物忘れ」ともちょっと違うし(えっとほら、あのご近所の方、A田さんでもA山さんでもなくて、なんだっけ、お名前……)、荷物を置き忘れてくる「忘れ物」でもない(電車の網棚に、トイレのフックに…)。
この現象、何と呼べばよいのでしょうか?

今年の冬は、セールに燃える!という気分とはちょっと縁遠いです。
妊婦なので、目先使える服は限りがあるし、産後の生活に使うもの、職場に戻ったら…と考えると、今から買うより、その時々に買ったほうが、絶対に必要なものを間違いなく手に入れられる、と思っているから、というのもあります。

その根底には、断捨離や「ときめき」といったいろんな考え方、見方に出会って、ものを見る目が少し変わった、というのもあるかな、とひそかに自負しております。

何度か書いてきた気がしますが、親の強い影響を受けて、割引率の高いものは手に入れないと損!安くなっているなら、お試しでもいいから買ってみよう!みたいな、そんな消費行動が当たり前だと思っていました。

でも…

本当に心から欲しくて欲しくてたまらないものを手に入れているわけではない限り、物は増える、買ったそのときは得した気分で自己満足できる、ただそれだけ、って気付いたのですね。

今回のセールでも、景気を反映してか、相当お値打ち(名古屋の方が大好きな言葉ですね!)の品々を見かけました。今の私は、ストライクゾーンど真ん中でなければ、どんなに安い品物でも、買いたいと思わなくなりました。

かつて「おトク」とか「買わなきゃ損」といった動機で買い物をしていたころの私は間違いなく、お店で品物を手に取った瞬間、自分が何を所有しているか把握していないばかりか、すっかり忘れ去っていたんじゃないかな、振り返ってそう感じるのです。

だから…似たようなものをいくつも買ってみたり、逆に手持ちの品とは似ても似つかぬ品物に手を出したり。
折からのデフレで、品物が簡単に手に入るようになったこともあり、つい財布の紐が緩んでしまう。
よく言われる「空腹でスーパーに買出しに行かないこと。余計なものも買いすぎるから」というアドバイスを、私の場合、食べ物以外でも忠実に守るべきだったのでしょう。

それにしても、その枯渇感、いったいどこから来ていたのやら。

家に荷物があふれている人の典型例として、休日は自室でくつろげないから、外に繰り出す。
外にいると、目新しいものに出会って、つい手に入れてしまう。
わくわく、うきうき。
持ち帰る。
置く場所は…どこ?
適当に押し込む。

もしかしたら、足元とか身の回りとか、そういった日常から目を背けるあまりに、あたかも自分は何にも持っていない人であるかのように思っていたのかも…そう考えると、昔の自分がちょっとコワいです。


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by cocue-cocue | 2012-01-18 09:30 | 片付け・整理整頓 | Comments(2)


ワークライフバランスと、断捨離

流行語、とはまたちょっと違う、よく見かける言葉としての「ワークライフバランス」と「断捨離」。
どちらも今の世相にあった、生き方指南のキーワードかな、と思いますが、ちょっと気になることがあります。

「最近はワークライフバランス(WLB)がことさらに強調されていて、ハードワークを忘れている人が増えているのが気になる。WLBも結構だが、まずはハードワークを心がけて欲しい」

~ある企業のトップが、社員向けの訓示でこう語ったそうです。

「断捨離が流行して、何でもかんでも捨てればいいという風潮が目に付く。もっと、モノを大切にする心が必要だ。修理したら使える物だってあるはずだ」

~これは新聞の投書欄で見かけたコメントの要約です。一般の方に限らず、有識者、コメンテーターの方にも、似たような発言をされる方、ときどきお見かけしますね。

どちらの発言にも共通する点がありそうです。

例えば。

ワークライフバランス=今までの仕事一辺倒の生活・人生から、仕事(公の暮らし)と私生活のバランスを見直して、暮らしていこうとする考え方

→仕事一辺倒の否定
→仕事はほどほど、もしくは手抜きでのぞみ、個人の趣味や自由時間を満喫する生活に移行しようとしているのではないか
→身勝手である。

断捨離=自分にとって快適ではないもの、無意識のうちになんとなく持っているもの、しがらみや見栄を理由に手放せないものなどからの執着をおしまいにして、本当に必要なもの、欲しいものに囲まれた、自分軸主体の快適な生活を手に入れる考え方

→何でもかんでも捨てる
→使えるもの、頂き物、それらを手放すという行為・発想は、モノを粗末にしている
→そんな行為・発想を促す考え方は危険である
→けしからん。

ものすごく乱暴に、思考回路をたどってみました。

いくつか理由はあるのでしょう。
考え方の本質を捉えようとせず、表層的な印象で「こういうことを言っているに違いない」と決め付けたり(→1個目の受け止め方)。
これまでの暮らし方を見直してみませんか、という発想が根底にあるがために、現状を否定されたという反発から、聞く耳を持たないとか。

奥様の病気&度重なる入院と息子さんの自閉症という「家族の問題」を抱えながら、上場企業の取締役も勤めた佐々木常夫さんも講演や著書で述べておられますが、ワークライフバランスというのは実は、長時間労働を前提とした方よりもずっと、創意工夫と知恵、そして効率性が求められる働き方です。

やましたひでこさんの言葉を借りる間でもなく、断捨離がモノを粗末にすることを提唱しているわけではなく、むしろ大切にできる、大切にしたいものを積極的に手に入れていこうという暮らし方です。
ただ単に所有していて、実は使っていない大量のものについて、所有者が「捨ててさえいないんだから粗末にしていない」と思い込んでいたりする、『もったいない』の履き違えを指摘されているのではないでしょうか。

でも、そんな前提をすっ飛ばした上での批判、結構目に付く気がします。

もっとも日本は、言論の自由が保障されている社会ですから、好きなように考え、それを発言すること自体に問題はないでしょう。
ただ、あまりにも的外れなコメントがこれだけ取り上げられるということは、世の中がそういう考え方を求めているであろうから、という側面があるからだと思います。(本当に危険、誤解と偏見に満ちた極論であれば、多くの理性的な人は対外的に口にしないでしょうし、メディアも取り上げないはずです)

日本人の読解力・理解力が落ちているのか、はたまた論理構成力が稚拙なのか。

いっそのこと、こういってくれれば、微笑ましいんですけれどね。

「WLB(または断捨離)って、最近話題になっているけれど、面白くないんだよね。
だって、これまでの自分のやってきたこと、全うから否定されている気がするから。
僕(私)は、認めたくないんだよ。間違えているって言われている気分になるから」

どちらの考え方も、これまでの常識の根底を覆しつつ、実は完全否定ではなくて、部分否定なのですが。


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by cocue-cocue | 2012-01-17 10:00 | 片付け・整理整頓 | Comments(4)


失望サービス) スターバックS N形町店 1月14日夕刻

昨日は戌の日。遅ればせながら、安産祈願のため、水天宮にお参りしてきました。

訪れたのは夕方で、祈祷の受付も終わりかけていたこともあり、境内はさほどは込み合っていませんでしたが、時折行列ができていました。

今年の初詣を兼ねて、お参りし、お札をいただいて、おみくじに挑戦。境内で写真を撮ったりしてから、地下鉄駅近くでお茶でもしよう、と立ち寄ったのが、表題のお店です。

そこそこ込み合っており、店員さんの指示で、店内の座席を確保してから、レジに並んで注文しました。
夫のアイスコーヒー、子供のジュース、私の「抹茶小豆ラテ」をオーダーして支払い、受け取り口で並んでいたのです。「ラテ」のみ、ドリップに時間がかかるようでした。

何人かお客様の飲み物が完成し、次は私の番だな、と思って待っていたら、抹茶小豆ラテが完成しました。
「抹茶小豆ラテでお待ちの方~」といわれて受け取ろうとすると、
女性の店員に「先の方からです」といわれ、私の二人後にいた男性に、商品を渡されたのでした。

私が受け取るべき品は、トレーに載って後ろに置かれていたアイスコーヒーとジュース、そしてラテだったのですが…トレーは忘れられているようです。

次の「ホットのカフェラテショート」が別のお客さんに渡された後、女性の店員は私に聞いたのです。
「お客様、何を注文されたんですか?」

その時点でレシートを見ると、支払いから10分が過ぎていました。

「その後ろにあるアイスコーヒーとジュースと、それから抹茶小豆ラテなんですけど」

軽くむっとして答えると、店員さんは一瞬はっとして、慌てて何かを準備し始めました。
ばたばたと作って出してくれたのが、抹茶小豆ラテでした。

「お待たせいたしました、抹茶小豆ラテです」と普通に渡そうとするので、言いました。

「私、10分以上待たされたんですけれど。飛ばされたんですよね?さっきの方の分が、私のものでしたよね」

「……あ、申し訳ありません」

私が指摘しなければ、彼女はしれっと、何事もなかったように、商品をだしておわりにするつもりだったのです。

「私、妊婦なんです。このおなかで、ずっとここで立たされっぱなしだったんですけれど」

腹囲90センチを超えて、コートの前が締まらない、だるま体型で思わず言いました。

「………」店員は無言です。

傍らで一緒に待っていた子供に聞こえるように、少し大きめの声で言いました。
「お店の人が間違えちゃったみたいで、ずいぶん待たされてしまったね。ごめんね」

そして地下の座席に向かいました。

しばらくして、男性の店員が私のところに来ました。

「先ほどは済みませんでした」

「お客様が悪かったわけではないですよね。先の方、といって渡したのは店員さんですよね」

「はい、申し訳ありません」

「もう二度と、こちらのお店にはきませんから」

彼は「はあ、そうですか」と答えて、きびすを返してしまいました。


せっかくの初詣、戌の日のお参りが、とてもがっかりしたものになりました。
でも私は、一生忘れないでしょう。この日、この珈琲チェーン店で、どんなめにあったかということを。



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by cocue-cocue | 2012-01-15 23:00 | 失望サービス | Comments(0)

    

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