日々是呼吸


カテゴリ:親への違和感( 73 )



可愛がられなかった娘

子育てをしていて、なにか欠落した自分を思い知らされる機会は少なくありません。

今となって分かるのは、私は育てられただけで、決して可愛がられなかったから、という事実です。

怪我をしても「自分でしょ?」と不注意を責められる。

外食してもジュースやデザートはご法度。「デザートを食べられると思ったら、食事をあまり食べず残そうとするから」というのが、食が細かった私にデブ親父が毎度主張した言い分でした。

親たちの言い分は「子どもにいい思いをさせてたまるか」「子どもの望みを叶えて、ろくなことにはならない」といったあたりでしょうか。

子供を喜ばせたいとか、楽しませよう、そんな発想は彼らにはありませんでした。

物心ついた頃から「本当のお父さんとお母さんはどこにいるのかな?」と思っていました。

「一人目は失敗作。もう一人生まれていたら、ちゃんとうまく育てられたのに」と一人娘に繰り返し投げ掛けた母。

呪詛とか怨嗟とか、もはやそういう世界でした。

私が彼らの子供だったのかどうか、わかりません。

幼い女の子をつかまえて、あのような言葉を浴びせかけることで、彼らは何がしたかったのでしょうか。

教育?しつけ?
憂さ晴らし?

大人になり人の親となった今、大人として見た親たちの異様さを思い知り、同時に可愛がられなかった幼い頃の自分が不憫でなりません。


にほんブログ村 その他生活ブログ 断捨離へ
にほんブログ村

にほんブログ村 子育てブログ 二人目育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 心地よい暮らしへ
にほんブログ村
[PR]
by cocue-cocue | 2016-02-21 05:49 | 親への違和感 | Comments(0)


まだまだ、吐き出し足りない

 最近辛いのは、子供に起きた良い出来事を親が手放しで喜ぶ姿を目の当たりにすることです。

 世の中の親というのは、子供の幸せをここまで喜んでいるものなんだと。

 自分のなかに棲んでいる、膝を抱えて目にいっぱいに涙を抱えた幼い女の子が、今もまだ「私の本当の親はいったい、どこにいるんだろう?」と繰り返し問いかけているのが、よくわかります。

 私はもう、両親とは連絡も取らず、実家にも帰っていません。 

 思えば、小学校の転地学習で泊まりがけをしたころからは、ホームシックとは全く無縁でした。
 家から離れて淋しいなんて思わなかったし、国外で過ごした期間も、手紙は書いたもののこちらの伝えたいことは常に歪んで解釈され、帰国後喧嘩のネタになったくらいで。

 私の中では、親というのは頼れる相手でもなければ、味方でもない、やりたいことを出来ると思うな、欲しがるな、そんなことばかり教えてくる、勝手な大人たちに過ぎません。

 何度か過去に書きましたが、私の親たちは今でいう発達障害の系統のように思えます。
 親に従うようにおさえつけられ、一人娘なので2対1の多数決で言い分は却下され、挙げ句の果てに親の教えは学校などそとの社会では通用せず。

 本当に回り道と、余計な苦労ばかりさせられました。

 私が一番したくないことは、親に感謝することです。

「ありがたいと思いなさいっ!!」
「そんな言葉、お母さんは言わせてもらえなかったわよ」
 何万回も投げ掛けれた、言葉たち。

 二児の親となった今、親として子供にしてあげたいと思うことは、私の親たちは持ち合わせていなかったのだという、残念な結論に達しています。


 そして実は、二児の親になるどころか、物心ついた頃から、私はそのことに気が付いていたんだと、今更ながら思い至るのでした。


にほんブログ村 その他生活ブログ 断捨離へ
にほんブログ村

にほんブログ村 子育てブログ 二人目育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 心地よい暮らしへ
にほんブログ村
[PR]
by cocue-cocue | 2015-01-31 07:35 | 親への違和感 | Comments(1)


私が誇りに思うこと

 フルタイムの仕事をしながらの子育ては、専業母親の皆さんから見たら、手抜き、人任せ、いい加減、配慮不足以外の何でもないだろうとは自覚しています。

 しかしながら、私が誇りに思うことがあります。
 子供たちの写真を見ると、屈託なく笑っていること。

~*~*~*~

年中から幼稚園に通い始めた私は、一気に痩せてしまったんだそうです。

小太りから、やせぎすへ。
一気にイメージが変わってしまいました。

修道院併設の、厳格なモンテッソリー園に通ったのが原因と母は語りました。

私はそれだけではないと思っています。

運動大嫌いの両親に、公園でも「危ない、危ない」とすぐに制止されてろくに運動神経が育たなかったこと。
園に通い、体を動かすことで物理的に痩せたんでしょう。

加えて、親には誉められるどころか駄目の烙印を押されてばかりいた私は、おそらく園でも緊張のあまり、こわばっていたはずです。

その証拠に、幼稚園時代の私の写真はどれも、おどおどと怯えきったような顔をしているのです。


家では我慢が足りない、愚図だのろまだとさんざんなじられ、園でも緊張して過ごしていた私。

もうこの頃、物心ついて最初の記憶は「私の本当のお父さんとお母さんはどこにいるのかな」でした。
自分はもらわれてきた子供だと信じて疑っていませんでしたから。

~*~*~*~

私の子供たちは、私の母親に言わせると「育児放棄」の親(私のことです)に育てられて気の毒、なのでしょうが。

私はこの一点に関しては、強く自信をもっています。

子供たちはかつての私のような、怯えた目なんてしていない。

母親が接する時間が短いのに、いやそうではなく、短いからこそ、子供たちは多くの適切な育児マインドをお持ちの方々に囲まれて、天真爛漫に育ったのです。

仮に私が専業母親として向き合っていたなら、自分が育てられたようにしか、子供たちを育てることはできなかったかも知れません。

そして、私のような自尊心が底をついたような人間をまた、増やしてしまっていたに違いないのです。



にほんブログ村 その他生活ブログ 断捨離へ
にほんブログ村

にほんブログ村 子育てブログ 二人目育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 心地よい暮らしへ
にほんブログ村
[PR]
by cocue-cocue | 2015-01-24 14:37 | 親への違和感 | Comments(0)


誘いを断ること

 子供の頃の親の教えのひとつは「誘われたら、断るな」でした。
 もちろん、盗みとか悪いことに手を染めるという意味ではありません。
 お出かけ、お食事、遊びの約束など…
その理由は「一度断ったら、二度と声を掛けてもらえないから」でした。


 その教えを忠実に守ったおかげか、私はどちらかといえばいろんなことをやってみよう、試してみようと思うタイプの人間に育ちました。
 あれこれ理由をつけて選り好みしないでいられるのは、親の教えも一因でしょう。

 しかし、最近はこんな風にも感じるのです。
 「ああ、親たちは、あまり誘われてこなかった人なんだな」と。

~*~*~*~

 たまにしかお出掛けしないのであれば、せっかくの機会だからと無理したり、ないがしろにはしないでいようと思って、力も入りがちです。

 でも、またの機会があるのであれば、無理せずnoと言えたりして。

 職場の宴席についても、本当に行きたいと思うもの以外は、あえて予定をやりくりしたりしなくなりました。

 一期一会は大事だけど、皆勤賞である必要もなさそう。
 辛そうな顔をして無理して参加するなら、本当に楽しみにして、心待ちにした会合に気持ちよく出席したい。

 もちろん、自分が企画しても良いわけです。

 そうそう、親たちは、自分から誘うという発想もなかったのかな、とも思う昨今です。

 何だか、他人軸で生きていて、窮屈な人だったのね。



 
にほんブログ村 その他生活ブログ 断捨離へ
にほんブログ村

にほんブログ村 子育てブログ 二人目育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 心地よい暮らしへ
にほんブログ村
[PR]
by cocue-cocue | 2015-01-06 13:20 | 親への違和感 | Comments(2)


「何様」のつもりって

 久々に。

 世代要因もあるかも知れませんが、私の親はどちらも「何様のつもり」という言葉をよく使っていました。

 身の程知らずとか、分不相応とか、人様をけなすときに頻出の単語でした。親父は「どあつかましい」とも言っていましたね。

 結果、私はいろんな人から「もっと自信を持って」「自分を落とさなくても」といわれることが多い大人に育ちました。ある意味、親の期待通りです。

 彼らが好き好んで、謙虚(なつもりの卑屈)に生きるのは勝手ですが、子供に押し付けるのは止めて欲しかった。

 ま、70代、80代になった彼らに、間違いを認めさせるのはほとんど無理だと諦めてはいますが。

 つぶやきでした。

にほんブログ村 その他生活ブログ 断捨離へ
にほんブログ村

にほんブログ村 子育てブログ 二人目育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 心地よい暮らしへ
にほんブログ村
[PR]
by cocue-cocue | 2014-12-01 13:23 | 親への違和感 | Comments(0)


親の言うことを聞くべきか

たまたまたどり着いたブログに、思わずうなるエントリがありましたので、紹介させて頂きます。

本当に親の言うことを聞くべきなのかというコラムですが、注目点はここです。

「あなたがもし、両親の考えを受け入れて自分の感情や欲求を抑えつけているような感覚があるのであれば、まずこれを疑ってください。 

あなたの生活や恋愛に口を出してくる親や親族、兄弟は、

あなたが理想とする生活をしていますか。

あなたが真似したいと思うような恋愛体験をしていますか。

これはものすごく大事なことです。

自分が子供の時に受けた教育を、自分が親になった時に子供にしようとします。それが人間です。

(中略)

この手の連鎖は意識的に切らないと、ずっと続きます。

自分が満足のいく恋愛体験をしてこなかった親は、子供の恋愛を心から喜べません。」

もともとは恋愛コラムですが、この回は明らかに、人生論のど真ん中だと感じました。

「結局どうすべきなのかというと、距離を置く必要があるのです。

あなたは親や兄弟の分身ではありません。

親の言う通りにして生きて失敗しても、親は責任を取ってはくれないのです。

距離を置くというのは、金輪際会わないという意味ではありません。

自分が理想とする恋愛と生活を手に入れてから報告しにいけばいいのです。

これを喜ばない親はいません。

(中略)

負の経験は無理に継承する必要などどこにもないのです。」

私がお世話になったアドバイザーの方も、カードリーディングで「先祖代々の問題」が出てしまったこともあり、私が苦痛でならなかった親との関わりから「逃げ切って下さい」と強く背中を押してくださっていました。

こういう意味だったのかと。

私が親のような人生を送りたいかというと、まっぴらごめんです。
子供に不適切な刷り込みを重ね、愛情を注がず、挙げ句の果てに愛想をつかされた。そこだけでもノーサンキューですし(笑)

だからこそ、このエントリとの出会いは、力強い励ましだと感じた次第です。

Kouさん、引用させて頂きましたが、もし不適切でしたらお知らせください。
一人でも多くの方に知って頂きたくて、紹介しました。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 心地よい暮らしへ
にほんブログ村

にほんブログ村 子育てブログ 二人目育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他生活ブログ 断捨離へ
にほんブログ村
[PR]
by cocue-cocue | 2014-11-03 23:55 | 親への違和感 | Comments(2)


私の「俺ルール」は親父仕込み

 自分の両親が自閉圏にいると自覚してから手に取った本のひとつに、ニキ・リンコさんの著作があります。

 彼女は「俺ルール」という表現で、幼い頃に誤学習したことが骨の髄まで染み着き、いかなる事態でも一貫して初期設定のルールを適応しようとして社会性の問題に発展してしまう、自閉圏独特の激しく頑固な思い込みを分析、解説しています。
 そのなかで、ニキさんご自身の俺ルールのひとつ、「大人は、なんでも子どもよりよく知っている」という一節に触れ、ハッとしました。

あ、私に「俺ルール」化した刷り込みがある!

*****

社会に出て、ずっと不満だったことがあります。
まあ、おじさん一般への不満みたいなものかと思いますが、年長の男性が愚かな言動をとるのが許せなかったのです。

中学から大学まで女子校のため、男性をたてるという発想と無縁でした。
とはいえ、バカな親父どもが「小娘」の私にすらできる、分かることが、さっぱりできなかったりすると、怒り心頭でした。

これって、図らずも刷り込まれたんですよ。
親父がいつも家で語っていたこと。

「世の中の全ての男性は、全ての女性よりすぐれている」

*****

実は実家は、母が国立大、父が私大の出身です。明らかに母のほうが、難易度もレベルも高い学歴でした。

だからかどうか、ずっと親父は「世の中で一番優秀な女より、一番愚かな男のほうが上」と言い続けていました。

母から見れば、馬鹿馬鹿しくてまともに取り合っていなかったのでしょう。
私は、といえば「班長は男子、副班長は女子」のルールを誰も疑問視しないなか、唯一私の班だけは女子班長、という小学生時代でした。
そんな下らないルールに侵されているとなど、思いもよらなかったのです。

*****
女の先輩のへまや失敗はなぜ許せたかというと、これは小学生のころ、一学年上の模試を受けたりして、年上だから何ても知ってる、分かるわけではないと体感していたからです。

しかし、一番身近な男の家族が頑固なかんしゃく持ちの自閉、というのは、子供にとって百害あって一利なし、です。

やれやれ、バカバカしい。
[PR]
by cocue-cocue | 2014-07-01 10:45 | 親への違和感 | Comments(2)


母が厳しいと思っていたのは間違い、意地悪だったのだ

教育学部出身、元公立教員だった母は、その経歴がゆえにわが子にも厳しかったのだ。
そんな風に思っていたのは、間違いだとわかりました。

単に、意地悪だったのだと。

*****

私は親にほめてもらったことは一度しかありません。

「あなたは、何をもらっても『こういうのが欲しかったの、ありがとう』と喜ぶ」

書いてみると、物乞いメンタリティーみたいです。

物心ついた頃から、「私の本当のおとうさんとおかあさんは、どこにいるんだろう」と思っていました。

幼子にそんな風に思わせることができる親というのも、なかなかお目にかかれないでしょう。

非難を承知で書くなら、私は親に感謝の気持ちは自発的に持てません。

学校に上がるか上がらないか、の頃から「ありがたいと思いなさいっ」と母には幾度となく言われました。
思わなくてはならないと無理してきました。

でも、親になったわが身を振り返ると、どうして自分の子供にあんなひどい仕打ちができたのか、親たちが皆目理解できないのです。

育ててもらったくせに、といわれることも承知です。

でも、私が殴られず殺されずきたこと自体は、親として当然のことなのでは。

無配慮な言葉、人格否定、辛抱を強いるだけで気持ちを出させてもらえない、そんな仕打ちを受けてまで、なぜ親に感謝しなくてはならないのか、私にはわかりません。

「産後どれだけブクブク太るか、見ものね」

「関東はどうせ、震災後、放射能降り注ぎまくりなんでしょ」

「ご近所さんに、帰省してはると言われたら恥ずかしいから、来るな」

このブログでも取り上げた母の語録の三例だけでも、彼女は厳しさゆえではなく、底意地が悪いからこそのこの言葉なんだと判ります。

毒親、まさにその通りでした。

にほんブログ村 その他生活ブログ 断捨離へ
にほんブログ村

にほんブログ村 子育てブログ 二人目育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 心地よい暮らしへ
にほんブログ村
[PR]
by cocue-cocue | 2014-06-27 00:20 | 親への違和感 | Comments(5)


母の日の思い出

何年か前までは、母の日に鉢植えを贈ったりしていました。
私も、当たり前の親子関係に憧れていたのです。

父とは仲の良かった瞬間すらなく、生理的に受け付けないため、父の日に何かしたことなんて一度たりともありません。

せめて母の日くらい、何かしても、という思い込みを捨てて以来、私にとってこの日は、子供たちのかわいい作品を見るときになりました。

*****

それはバレエのレッスンの帰り道でした。
外に出掛けていて、母の日の贈り物を選べる、唯一のタイミングでした。

運よく私一人で買い物できる瞬間が、母の日の前日夕方に見つかり、目星をつけていた園芸店で、小さなマーガレットの苗を手に入れました。

母の日に渡して、母親に言われたこと。

「しょうもない、鉢植えなんか買って。」

その後、どんなやり取りをしたのか、私の記憶からはすっかり抜け落ちています。

そのマーガレットが、どうなったのかも。

*****

自分が子供たちから、工作やら折り紙をもらうようになり、どうしても母親に言われたことが解せないのです。
どういう意図で、娘の心を踏みにじるのか。
何をすれば私は母親に喜んでもらえたのか。
今もって、見当もつかないのです。

*****

もはや思い出すこともできない、当時の自分の心。
今はすっかり、街並みが変わってしまった、あの踏み切りの横の店先だけが、今もまぶたの裏に浮かびます。

その年の母の日の思い出が鮮明な限り、私は母親に感謝の言葉は出せないで生きるでしょう。
[PR]
by cocue-cocue | 2014-06-09 00:00 | 親への違和感 | Comments(2)


「定期預金、解約しなきゃ」の本意~きっと真に受けた実母は自閉圏

同僚が海外出張で、まとまった金額の立て替えをしました。
出張の精算が終わるやいなや、また次の出張に、そんな同僚が、経理の担当者のもとに来て言いました。

「あのぅ、先日の出張の立て替え経費は、いつ口座に振り込まれるのでしょうか?」同僚が続けます。
「また次の出張もありますので、まだまだかかるようだと、定期預金を解約しなくてはならなくなります」

思わず、その台詞に耳を奪われた私は、10代半ばのころのやり取りを、思い起こしていました。

*****

彼女は入学時から、長身で目を引く見た目ということもあり、非常に有名な生徒の一人でした。

小学校時代にして、男の子がファンクラブを結成していた、との噂も囁かれていました。
見た目を生かしたインパクトあるファッションで、文字通り栄華を誇った彼女の頂点は、生徒会長に当選したあたりだったでしょうか。

そんな彼女が、似つかわしくない、冴えない印象になり、往時の勢いをすっかり失ったのは、高校生になってからでした。
仲良しのお姉さんが進学で東京に出てしまったのも、一因だったはずです。

お父様が仕事の都合で少し離れて暮らしていて、お母様もお忙しくされていました。
そんな合間を縫って、PTAの集まりに参加されたとき、お母様が私の母親に言ったそうです。

「また、学費納めるのね。定期預金、解約しなきゃ」

*****

彼女が登校しなくなったのは、夏休みの前から、でしょうか。
仲良しのグループが、交代でノートやプリントを届けていると聞きました。

お姉さんが進学するとき、手続きの過程で戸籍を取り寄せたら、両親の離婚が記されていた、それを知ったからだ、と噂が流れました。

母親は胸を張りました。
「あのお母さん、おかしかったのよ。家庭教師の仕事が忙しくて夜が遅いって言ってらしたけど、違ったのよね。生活が苦しくて、夜のお仕事なさっていたのよ、それで娘さん不登校になったのよ」
そして付け加えました。

「だって、お母さん聞いたのよ。学費を払うために、定期預金を解約しなきゃダメだって。そこまで生活が困窮していたのね」

*****

結局、その同級生は、いつしか中退しました。

仲間たちは、しばらく連絡を取っていたようです。
お姉さんがどうなったのか、本人は、私は知りません。

*****

お恥ずかしながら、私は冒頭に挙げた同僚のコメントを耳にするまで、母親の言い分を真に受けていました。

待てよ。本当に、定期預金を解約して学費に当てていたのかな。
事実だとしたら、確かに入学時から知り合いとはいえ、特段親しくはなかった私の母親に、簡単に口にしたのかしら。

軽い冗談だったのでは。

「定期預金を解約」の言い回しの本意を、今さらながら学んだ私でした。

*****

同級生のお母様がどんな仕事をされていたのか、私には分かりませんし、興味もありません。
しかしながら、困窮していたと勝手に決めつけていた我が身を恥じます。

そしてその根本は、言葉を文字通り受け止める母親の決めつけであり、親の言うことに疑問を持つなと強くしつけられて、従ってしまっていた私の愚かさです。

しかし、何かおかしいと自分の親にたいして感じていても、子供だからと私の方が間違えている!と決め付けられて育つと、真に受けざるを得なかった。
そんな我が身が、哀れでもあり、かつ今も当時も惨めです。

*****

またひとつ、母親が自閉的だった証拠を、見つけてしまいました。

~~~~~

このブログでは、断捨離を契機に気付いた親への違和感をあぶり出す過程を綴っています。

現状、自分の両親は体罰こそなかったものの毒親であったこと、その背景に父親、母親とも自閉的な要因があったこと、までは突き止めました。

子供や自身が該当する読者の方には、受け入れがたい記述もあるかもしれません。
私のスタンスは、無力で親の言うことが絶対と信じ込まされて育った結果、社会に出て誤学習を修正、上書きするために非常に苦しんだ、当事者の両親をもった一人娘、というものです。

将来、親になられる当事者の方がいれぼば、どうか、私のような育ちを強いられる子供が後に続かないように、と願っております。
[PR]
by cocue-cocue | 2014-06-08 18:00 | 親への違和感 | Comments(0)

    

出して、取り入れて。ものや知恵と出会い、手放す毎日。
by cocue-cocue
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
外部リンク
検索
タグ
最新の記事
旅支度が早くなる
at 2017-08-20 02:08
反りの合わない親には
at 2017-08-18 14:59
細々と、学習したり
at 2017-08-17 02:11
こつこつスクワット
at 2017-08-15 03:04
立秋の雨音
at 2017-08-11 01:46
最新のトラックバック
ブログパーツ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧