親不孝と非難する人がいるのは承知のうえで、私は父親を嫌っていました。
過去形なのは父が死んだからです。
そろそろヤバイらしいと連絡がありましたが、私は葬儀まで帰りませんでした。
かつて祖母が亡くなり「やっと片付いた」と親戚が安堵していたのを思い出すような感じでしょうか。
父が死んだため、心の底から沸き上がる憤りや憎しみ、嫌悪感が霧散しつつあるのは、よかったできごとともいえます。
しかしふとしたときに、早く死ねば…との台詞が浮かび上がり、あ、もう死んだんだ、と思い出すことも。
親の愛情に包まれて育った幸運な人たちには、皆目見当のつかない話でしょう。
私は物理的な暴力は受けていませんが、人格否定から誤ったしつけまで、父にかけられた言葉はすべて自分にとってネガティブという経験をしています。
育ててもらって感謝しろといわれても、あんたに育ててくれなんて頼んでないし、という気持ちしかなく。
死んでもなお怨み続けるわけではないですが、死んだ今も死んでほしいと思ってしまうほど、私は父親と反りが合わないのです。