日々是呼吸


続) 食べ物、残しちゃだめ?

古くからの言い伝えだと思います。
「お米一粒には、88人の神様が宿っている」から、残してはいけませんよと。

大切な考えだと思います。作ってくださった農家の方、育ててくれたお天道様と大地。
取り入れてくれた方、運んで届けてくださった方など。
食べ物には本当に多くの方の手間隙と思いが、かかわっています。

お米に限らず、食べ物を大切にしましょう。何の異論もありません。
でも…だからといって、残してはいけないものなんでしょうか?

以前、新聞の投書欄で、こんなやり取りを見かけました。

投書その1

「外食したら、店員さんが下げたお皿の食べ残しをどさっとゴミ箱に捨てているのを見た。
全然お箸をつけていない皿の料理まで、捨てている。処分しないで済ませる方法はないものか。」

しばらくして掲載された、投書その2

「飲食店で働く者です。ご指摘、ごもっともですが、衛生的な問題もあり、私たちは捨てるように指導されています。
むしろ、召し上がる方にお願いしたいのですが。はじめから食べきれなさそう、と思うのであれば、『少なめに盛ってください』と言って頂くとか。もしくは、食べられる範囲での注文にしていただくとか」

===========

画一的なサービスが広がり、個別対応が難しい、そんな側面もあるでしょう。
お客さんに対して、大盤振る舞いを演出するため、たくさんの料理を出さなくては、そういう思いのお店もあるはずです。実際に、消費者がそういうサービスを求めている部分は皆無、とも言い切れない気がします。

しかしながら、本来、口に運ぶものを主体的に選ぶのは、ひとりひとりなのでは。

そのとき、出されたからといって、欲しくもないのに、胃袋に収める必要はあるのでしょうか?

学校給食でも「残すな」プレッシャーは今も強いと聞きます。
何でもかんでも、皿に盛り付けて、飽きたら残す、そんな姿勢は批判されるべきでしょう。
でも、体調や空腹具合、個人の胃袋サイズをかんがみず「残すな」というのは、暴力的かな、と思うのです。

なぜ私がここまで過敏になるかというと、
出されたものを残さず食べる!と胸を張って言い切る人たちの一部に、「自分は間違ったことはしていない、人に迷惑はかけていない」という強烈な自負の元、「残したりするやつはけしからん」という見下ろしの姿勢を感じるからなのですね。

本来は「後ろめたさを感じることなく、残しても捨てても当然だと思って、食べ物に接するな」であるべきではないかしら?

つまり「食べるときに感謝の心を忘れずに、いただく」を原点に、「自分にあった量を心がけて、節度を持って食べる」ようにして、万が一「残さなくてはならなくなったときは、申し訳ないという思いを忘れずに」でいいんじゃないかな、と思うのですが。

=========

前回もご紹介した、生活習慣病の専門医いわく、患者の多くはいわゆる「高齢者」世代で、食べ物を残してはいけないという価値観に縛られているといいます。
今の日本人は、栄養過多気味であり、かつ年齢とともに必要な栄養摂取量は減っていくものであるにもかかわらず。
昭和40年代ごろに壮年だった彼らは「食べて栄養をつける」という発想も強かったようです。

「でも、子供を一人生むごとに、体重が10キロ増えました、なんてこと自体が、本来おかしいんだよね。その人たちが今、糖尿病やらいろんな病気で、苦しんでいるんだよ」

ものを大事にする・粗末にするという視点のみならず、生活者ひとりひとりの健康というかけがえのないものを考えたとき、果たして本当に「残すな」は正しいのでしょうか?


断捨離のカテゴリにはふさわしくない、と思われるかもしれませんが、体に取り入れ、体を使うものとしての食べ物を考えることで、身の回りの持ち物と生活空間、そして所有者であるひとりひとりの関係を解き明かせるかな、と思って、あえて批判を承知でコメントしてみました。


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by cocue-cocue | 2012-01-22 12:30 | こころと思い | Comments(10)
Commented by 葉桜 at 2012-01-22 18:07 x
子供のころはデブちゃんで.....
このまま行くと、某アニメの声優でも有名な歌手Mみたいになるのか..... というのに恐れをなした実父が、「一食につきご飯一膳」という命令を(小学生のころの話です)だし、なんとか小デブで収まっているやつです。

飲食店の方の投書、親戚に食品業界関係者が複数いるので、よくわかります。
「少ないサイズの料理」とか、「喫茶店でのコーヒーのミルクの要不要」などがもっと普及するといいですね。
私、コーヒーや紅茶は、砂糖もミルクもなしで飲むので、だまってるとついてくるこの手のものに、毎回困るんですよね......
ピッチャーにミルクが入って出てくる喫茶店の場合、店員さんが聞いてくれれば、「いりません」と言うのですが、そうでない場合は、もったいないので、夫に使ってもらってます.....
Commented by ココリン at 2012-01-23 15:19 x
とても興味深く読ませて頂きました。
「自分にあった量を心がけて、節度を持って食べる」ようにして、万が一「残さなくてはならなくなったときは、申し訳ないという思いを忘れずに」
まさにそのとおりだと思います。
食べ放題のお店で、たくさんとりすぎて食べ残しをみているのも
なんだかな・・とは思いますが、食べ物を残すことが悪かのようで
あるかのようなのも違う・・。
育ってきた世代間で温度差がありますが、
食べ物と持ちモノの関係ってつながっているところが
多々あるような気がします。
Commented by nyancousagi at 2012-01-24 23:01 x
初めまして。nyancousagiと申します。
先日はコメント頂きましてありがとうございました。
3度ほどコメントを書いたのですが、どうやら上手くアップされなかったようで。(もし投稿重複してしまっていたら申し訳ございません!!)
なので、ご挨拶が遅くなってしまってすみません(><)

日記帳の記事にとても共感しました。
私は日記は書かないのですが、先日写真の整理をして、同じように思いました。

今まで引っ越すたびに記録としてなぜか持ってきてしまっていたのですが、
先日片づける時は、ビックリするぐらいあっさりと処分でいて(笑)
過去に執着が無くなったのでしょうね。


今回の記事にはちょっとドキッとしてしまいました。
うちの旦那さんがとても小食で。
その上、帰宅が遅いため、夕飯の時間が12時を回ってしまうんです。
そうすると、どうしてもたくさん食べれなくて残ってしまうんですよね。
でも、今回の記事を読んで、本当にそうだなって思いました。
皆申し訳ないなと思って、残していると思うんです。
せっかく食べるなら、美味しく頂く事が大事ですよね。
cocue-cocueさんに、とても共感しました。
これからも宜しくお願い致します(*^^*)凸☆
Commented by thumoria at 2012-01-25 21:22 x
シンプルなライフスタイルは
シンプルなカラダを
つくると思っています。

残してはダメではなく
残さないように作ること
残しても食べきること
私のモットーです。

Commented by cocue-cocue at 2012-01-25 22:41
葉桜様、

エントリの際にうまく書き込めなかったのですが、いただいたコメントでハッと気が付きました。

「無駄にしない、粗末にしない」を錦の御旗にして、今回の場合だと注文する(食べる)側が主体性を放棄してはいけないな、ということですよね。

書いてくださったように、例えば「フレッシュはいりません」と自ら断るとか(カフェチェーンだと、要不要を聞いてもらえる場合がありますが、そうじゃないときでも)。

やはり自立が大事かな、としみじみ感じました。
コメントありがとうございます♪
Commented by cocue-cocue at 2012-01-25 22:43
nyancousagiさま、

人間、多かれ少なかれ「ゆとり」「のりしろ」が必要だと思うので、食べきる量だけを用意するというのはちょっと不安でもありますよね。
いくらだんな様が夜中に夕食を召し上がるから、軽めのほうがいいと思いつつ、「おかわり」っていわれておなべが空っぽというわけにもいかない…そう思うのは自然ですよね。

要はバランスなんだと思うのですが、そのあたりの葛藤を乗り越えて、いい塩梅ができれば、理想的かな、と感じました。

またお立ち寄りくださいませ♪
Commented by cocue-cocue at 2012-01-25 22:45
ココリン様、

おっしゃるとおりで、食べ物と持ち物への価値観、密接につながっている気がします。
特に食べ物は鮮度が問われますし、体を作るものだし、ということもあって、よりいっそう神聖化されがちなような。

とはいえ、いくら食べ物であったとしても、そちらが主になって、「出されたものは絶対片付けなきゃ」というのは、本末転倒かな、という考えは否めません。なんだか食べ物の奴隷になってしまうみたいなので。

コメントを拝見し、子供はさておき、ある程度成長したら、自分がどのくらい食べられるのかはもっと意識的にならないといけないのかな、とも思いました。
Commented by cocue-cocue at 2012-01-25 22:48
thumoriaさま、

残さないように作る!これは非常に重要なポイントですよね。
とはいえ、上に返礼コメントでも書いたのですが、家族やお客様のために用意していたりするときなど、つい「心持ち大目にしておかないと、足りなくなったら不安」という思いが、つい頭をよぎるのです(私だけ?)

ちょっとずれるかもしれませんが、知人夫婦に
「明らかにだんなさんは満腹になっていないけれど、奥さんがかわいそうで、少量でも耐えている」パターン、
「本当はこんなに食べられないんだけれど、せっかく奥さんが作ってくれているから『いらない』とはいえず、もちろん残せなくて、むりやり押し込んでる」パターン、
両方います。

このあたりは、食べ物との関係というよりは、夫婦のコミュニケーションの領域かもしれませんが…

またぜひいらしてくださいませ♪
Commented by リヤ at 2012-02-01 15:54 x
はじめまして。
タイトルに目がとまり、引き込まれるように読んでしまいました!
おっしゃるとおりだな、と思います。
「断捨離」は、モノは大切にしなければいけない、それはそうだけど、だからといって使いもしないモノを、自分にとって不必要なものをためこんでおくことがはたして良いことなのか、というところから始まっていると思います。粗末にしてはいけないものだからこそ、適正な取捨選択をすることが大切ということで、それは、食べ物においても同じことではないかと思います。
Commented by cocue-cocue at 2012-02-03 15:07
リヤさま、はじめまして。
お立ち寄り&コメントありがとうございます♪

そうなんです、粗末にしない=大事にする、であって、粗末にしない=捨てずに持っておく、ではないんですよね。

何のために粗末にしないのか、を考えると、それは「そのものを最大限、有効活用するため」であるはずなのですが、どこかで手段が目的化して「捨てさえしなければ」になっていたのがこれまでの日本人の大半かな、と最近は思っています。
適正な取捨選択、素敵な言葉ですね。私も自分の目を磨いて、選び取っていきたいです。

またお立ち寄りくださいませ。私もお邪魔いたします(^^)

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