物心付いた頃から、物を使わずに取っておくのが習慣だった。
小学校一年生の時、授業中に算数ノートが配られた。
早速ノートに計算問題を解くように指示が出た。
ノートを大事に取っておきたくて、鉛筆に力を加えずに記入。授業が終わったら全部消して、新品に戻して保存するつもりだったのだ。
ところが、先生はこう言い放った。
「では宿題で次のページのドリルを解きましょう。ノートに答えを書いてきて下さい」
せっかく取っておくつもりだったのに…がっかりしたのを今でも思い出す。
なぜそんなに、使わずにいたかったのか。
察するに、親は同級生の親たちより年上だったので、子どもに新しくて魅力的なもの、学用品や小物類をあまり与えてくれなかったのではなかったか。
学校にあがって、自分だけ古びた物を使っていることに勘付いて、新品のものに執着したのかも知れない。
今ある物を使い切ってからでないと、新しい物は買ってもらえなかった。
自分好みの小物が欲しくても、今ある物のために、手に入れられなかった。
それは就職して、一人暮らしを始めてからも続く。生活雑貨に衣類、食品を次々に送りつける母。
自分の給料で暮らしているのに、いつまでも自分好みの住まいにならない。
使えるものを捨ててはならないとたたき込まれているだけに、使い切れない量のものが殖える一方で、未だに自分でお気に入りの品物を揃えられない。
私が片付かぬままの自宅で溜め息をつくのは、散らかっている現状だけが理由ではなさそうだ。